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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第三十五話 用意された難題
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真偽


 皇帝はこの言葉に満足したのか口角を上げた。

 なるほど、自分はやはり試されていたらしい。そしてどうやら合格したようだ。


 この設計書は、きっと本当にシグルスから渡ってきたものなのだろう。だがこれがホンモノかどうか(・・・・・・・・)は、帝国側の人間にはわからないのだ。


 だから目の前の驚異的な力に欲がくらむなんてことは勿論のこと、感情的になってファイルを処分すると言ってしまえば彼の思う壺、つまりは盲目的にコレをホンモノだと信じた時点で失格なのだ。

 そして合格者のみが与えられるホンモノの情報とは。



「シグルスがもしもコピーや本物を保管していたとしたら、帝国がこのファイルを処分したところで驚異が消え去るわけではない、と。そういうことなんですね。レジスタンスは必ずそこをついてくる。彼らを納得させるためには、悪魔の証明をしなければならない」



 肯定の言葉はなかったが、皇帝の表情はイエスだと語っていた。

 悪魔の証明。有罪の証明よりもはるかに難しい、無罪の証明だ。持っていないものを見せろと迫られても、持っていないのだから見せようがない。むしろ証明しようものなら、その用意周到さを逆手にとられ潔白が揺らぐというものだ。


 レジスタンスの連中はこちらがどんな証明を見せようが、常に疑い続けるだろう。ホンモノがわからないから。それがホンモノだと証明されるまでは。しかしその真偽が明らかになる時、それはつまり、またあの凶悪な兵器が目を覚まし民の命を奪う時である。だからホンモノの証明は永久的に不可能なのだ。


 そんな状況で、自分は彼らを説得しなければならないというのか。兵器の驚異は消え去った、武器を置いて立ち去れと。



「そんなの……不可能ではありませんか」



 ここにきて初めて発せられたミサキの言葉は、絶望に満ちていた。



「できないとわかっていて、クリンさんにこんな条件をつきつけたんですね」

「引き受けたのはこの者の意思だろう」

「あなたは初めから停戦交渉に応じるつもりなんかなかったんだわ。だから無理難題を押し付けて、ていよくあしらったのでしょう」



 卑怯者、と。ミサキは最後に吐き捨てる。

 皇帝は彼女の言葉に怒りはしなかった。だが、彼が初めて吐いてみせた溜め息には、ありありと失望が含まれていた。



「そう思うならば早々にここから立ち去れ。視野の狭き者とは話にならぬ」

「……!」

「今この状況を絶望としか汲み取れないのならば、好きなだけその絶望の中に居るが良い。そうしてそなたは、抱えた苦しみをもまた苦しみのまま昇華させてやることもなく、そこに浸り続けるのだろうな」

「誰の……誰のせいで!」

「ミサキ」



 派手な音を立てて立ち上がったミサキの両肩を、クリンは力強く抱き締める。

 ミサキにとってみればそれは侮辱以外の何物でもなく、まるで悲劇のヒロインぶるなとでも言われたかのようなものだ。いったい誰のせいで苦しむことになったというのか。

 だが冷静に考えればこの男の言うことも最もなのだ。悲劇にとらわれ、相手を責め立てたところで、事態は一向に好転したりはしないのだから。


 なおかつ客観的に捉えよう。これは手詰まりではなく、単なるハードルに過ぎない。むしろ与えられた情報は最悪な結果を事前に回避するための有益なヒントとも言えよう。

 そしてクリンは同時に思い知る。皇帝から提示されたこの難題こそが、ミサキ自身がトラウマに打ち勝つチャンスなのだということを。

 それを計算の上で、この男は自分たちに賭けたのだ。いや、希望を託したと言っても良い。


 ──なんて、まわりくどいのだろう。おまえに救われてほしいのだ、と一言伝えるだけで済むのに、この不器用な男ときたら。


 クリンは思わず笑みを漏らした。いまだピンチの真っ只中だと言うのに、見方を変えただけで心なしか余裕すら感じられてきた。

 こちらの笑みに気がついて、ミサキは今にも泣き出しそうな表情のままきょとんと見上げてくる。いつか、この子も言葉足らずな父親の愛を知ることができるのだろうか。



「ミサキ、僕も君には救われてほしいと思ってる。大丈夫、まだ無理って決まったわけじゃないよ。一緒にがんばろう」

「……」



 葛藤はあっただろうが、彼女はきゅっと下唇を噛んで首を縦におろしてくれた。

 支えていた彼女の肩から両手を離し、その手でテーブルのファイルを取る。さて、これに目を通すか、否か。

 おそらく父と母ならば読まないだろう、だがコリンナは読むはずだ。司教もコリンナと同様だろう。

 クリンが迷った時間は一秒にも満たないわずかなものだった。迷いを振り払って皇帝のもとへ差し出したら、彼は片方の眉を器用に持ち上げた。



「読まなくていいのか?」

「はい。ここにレジスタンスの情報が載っているとは思えませんし」



 この選択が間違っていたのかどうか、今はわからない。情報というのは多く手にしたほうが勝ちなのかもしれない。だが、情報を遮断する権利は誰にだってあるはずだ。単純に、記憶の保持者になりたくないという保身もあった。一度刻み込んだ記憶を消去することは難しいのだから。



「ですが……もしもこのファイルが必要になったら拝借してもよろしいですか」

「用途によるが、許可しよう」

「ありがとうございます」



 その黒いファイルは皇帝の手で元あった場所へと戻された。

 そうして話は終了かと思っていたが、皇帝はその近くの冊子を取り出してクリンの前に差し出してきた。ファイリングのされていない、紐でくくられただけの小冊子だ。

 クリンが素直にそれを受け取れば、皇帝は踵を返し入り口へ向かった。



「ここは冷える」



 扉を開けて退室を促される。たしかに、暖炉のないこの部屋は地下牢と同じくらい冷えていた。


 執務室に戻って、促されるまま応接用のソファーへ腰掛ける。皇帝はテーブルを挟んだ向かい側へ座り、侍従へ茶の用意を命じていた。どうやらここで読め、ということなのだろう。

 ミサキと並んでページを開けば、それは今度こそレジスタンスに関する情報のようだった。

 時系列順に整理されているそれは、一番古くて七年前の手紙から始まるようだ。どこかから怪しげな兵器の開発を聞き付けた抗議者団体の、説明を求める要望書だった。



「あ」



 いくつかページをめくり、数度目に送られた要望書にギンの名前を見つけ、ハッとする。この時はまだ、レジスタンスは二分していなかったはずだ。

 それから再三に渡る皇室への面会依頼、抗議文、デモンストレーション。

 しかし最初は低姿勢に見えたそれらも、しだいに間隔は短く、そして過激な文面となっていく。ギンの名前はもう記されていなかった。

 彼らの行動は(とど)まることを知らず、皇宮への侵入未遂、宰相の大衆演説の乱入・妨害、西部へ赴いた視察団の奇襲、有力貴族の拉致監禁、挙げればキリがないほどの犯罪行為に発展していった。


 意外にも、帝国は捕縛したレジスタンスに対して寛大な処置を取っているようだった。この男のことだ、捕まえたとたん「皆殺しにしてしまえ」と言いそうなものだが、きちんと裁判を執り行い、法のもとで公正な判断を下している。罪の軽い者によっては服役後、元の生活に戻されているというから驚きだ。


 だが、彼らはその温情を仇で返すことを選択した。『ミランシャ皇女襲撃事件』だ。ちくりと痛む胸を自覚しながら、目線は文字を追っていく。

 午前九時四十分。港のある領へと向かう街道で、皇女を乗せた馬車に十名の刺客が襲いかかった。応戦中に偶然にもリヴァーレ族が出現し現場はさらに混乱を極める。御者二名、護衛騎士五名、侍女二名の死亡が確認されたが、しかしミランシャ皇女の遺体は見つからなかった。

 帝国側は三名のレジスタンスの身柄を拘束。その後、厳しい拷問の末に処刑した。ここで初めてレジスタンス側に死者が出ることになったのだ。



「……進めて大丈夫?」

「はい」



 ミサキを案じつつ、彼女の承諾を得て次へとページをめくる。


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