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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第三十四話 和解の先に
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報告




 さて。レジスタンスの一掃という難解な条件をつきつけられたクリンだったが、彼に振りかかる難題はそれだけではなかったようだ。



「だいたい、そんな重要なことをなぜ勝手に承諾してしまわれたのですか。いったん持ち帰って全員で決めるべきではありませんか」

「全員で考えたってたどり着く答えは同じだよ」

「いいえ、少なくとも私は反対だと先ほどから申し上げています」

「まぁ、落ち着けって。話の本筋からズレ始めてねーか?」

「セナさんは黙っててください。どうせあなたは無条件でお兄さんの味方をするのでしょ。気楽でいいですね、思考力の足りない方は」

「おい、完全に八つ当たりだろ今の」



 先ほどから続くクリンとミサキの応酬に、セナがフォローという形で間に入ったのだが、どうやら返り討ちにあってしまったようだ。

 

 あれから雪山をあとにした一行は皇居の客室に戻って、冷えた体をしっかりと温め終えた。それから夕飯を待っているところなのだが、クリンはここで皇帝から出された条件であるレジスタンスの一掃について報告をあげた。


 いの一番にミサキから「危険すぎる」と反対の声が上がったが、クリンは頑として譲らず、ソファーに並んで腰掛けながらも二人に流れる空気はどんどんと剣呑なものに変わっている。

 反対側のソファーに腰かけるセナとマリア、そしてその横に立つジャック。その誰もが口を挟めないほど二人の押し問答が続いている状態だ。



「あまりにリスクが高すぎます。私は、あなたが撃たれるところなんてもう二度と見たくありません」

「でも、やっと突破口を見つけたんだよ。それも向こうから提示してくれた。せっかくのチャンスを無駄にしたくないんだ」

「チャンスではありません、これは罠です。あなたが失敗しても帝国にとっては鬱陶しい少年が居なくなるだけ。運良く成功したって、ノーリスクで不穏分子を排除できる。あなたはただあの男に利用されているだけなんです」

「わかってるよ、そんなこと。それでもこっちだって得られるメリットがあるんだから、いいじゃないか」

「いいえ、あの男にあなたの命まで弄ばれるなんて冗談ではありません。今からでも遅くはないでしょう、別の条件を提案するべきです」

「……」



 クリンは伝わらないもどかしさに、思わずため息が出そうになった。

 自分へ向けてくれている心配も、彼女の父への不信感も、よくわかる。だが現実的に考えてこのチャンスを棒に振るのは得策ではない。今さら、命乞いのように別の条件を用意してくれだなんてすがりつこうものなら、あの皇帝にどれだけ笑い飛ばされることか。そんな屈辱こそ冗談ではない。



「皇帝が一度提示したことを覆すとは思えない。やらなきゃ停戦交渉は失敗だ。また聖女たちがたくさん死ぬんだよ」

「……っ」

「ミサキはそれでもいいの? 七年前の悲しみをもう一度……」



 パシン。

 乾いた音が室内に響いて、クリンの言葉は途切れる。その直後、左の頬にじんわりと痛みが宿った。



「卑怯だわ」

「……ごめん。でも、撤回はしない。なあ、ミサキは僕を信じてくれないのか? マリアとセナの聖地巡礼には命を懸けさせるのに、僕はダメなの? きみにとって僕はその程度の男か」

「マリアはプレミネンスの聖女です! 稀代の天才だわ。セナさんだって特殊な身体能力があるじゃないですか。でも、あなたはただの、なんの力もない男の子なんです!」

「でも、それでもここまで来ることができたじゃないか」

「自惚れないでください。周囲に助けられてここまで来たのを、ご自分の力だと勘違いしているのでは?」

「ちょっと、ミサキ! 言いすぎよ」

「マリアは黙ってて」

「わかった、もういい」



 マリアにまで火の粉がかかって、事態は収集不可能だと判断したクリンは立ち上がって会話を強制終了した。何より痴話喧嘩にしたって、ここまで自分自身を否定される(いわ)れはない。



「僕はやるって決めたんだ。これは報告であって相談じゃない。だからわかってもらえなくてもかまわない。ミサキはずっと否定し続けていればいいよ、僕のことも、お父さんのことも」

「クリンさん!」

「僕、アパルさんのところへ行ってくる。レジスタンスの情報収集したいし」



 そのまま部屋を出ようとした。頭を冷やしたいという気持ちもあった。

 だが、意外なことにそんな自分を引き止めたのはジャックだった。



「これからレジスタンスと対話(・・)に行く男が、仲間とのソレは放棄か? たいした説得力だ」

「…………っ」



 完全に的を射た鋭い指摘に、鈍器でガツンと殴られたようなショックを受ける。彼がミサキを援護した驚きも加わって、足を止めたまま振り返ることもできずに(うつむ)く。



「不安を抱えた人間に『信じろ』はただの暴論だ。そんなことでは暴走中のレジスタンスを止めるなんて不可能だぞ」

「……」



 はい……おっしゃる通り、何も言い返せません。

 心のなかで返事をする代わりに、クリンは俯いたまま小さくうなずく。頭まで上昇していた血流がすとんと下がっていくのを感じた。

 情けなさと多少の悔しさを咀嚼(そしゃく)しながら振り返れば、こちらを見上げた恋人の頬に大粒の涙がこぼれ落ちているのを見て、罪悪感で死にたくなる。

 けっきょくそのままソファーへ逆戻りした。腰をおろした振動で彼女の涙がきらりと落ちるのを、指でキャッチする。

 


「ごめんな、ムキになった」

「私も……酷いこと言ってごめんなさい。嫌いにならないで」

「まさか」



 なるわけない。そもそも、この計画の根幹にあるのは『愛する人のため』だ。この帝国で、彼女が心から笑っている姿を見たいのだ。



「無謀なことはしないよ。ちゃんと情報収集して綿密に計画を立てる。向こうの武器も封じたうえで対話ができないか、やってみる。セナのダガーを借りようと思うんだ。ギンさんの存在が、少しは相手の警戒を緩めてくれるかもしれないし」

「……」

「それに、アパルさんだって同行してくれるんだ。彼を使うなとは言われてないし、こっちだってとことん帝国の人間を利用させてもらうよ」

「本当に……危ないことはしませんか?」

「当たり前だよ。僕だって二度と撃たれたくない」

「では……私も連れていってくださいますね?」

「それは」

「帝国側の人間がいたほうが、あなたの言葉にも信憑性が生まれるでしょう。利用するというなら、どうか私のことも使ってください」



 たしかに、皇室の人間が居てくれたほうが説得は有利に運ぶだろう。

 しかし、うまくいく保証もないのにそんな危険な場所へ彼女を連れて行きたくはない。それに、あの皇帝が許してくれるとも思えない。



「クリンさん。お忘れですか? かつて船の上で交わしたあの誓いを。私はミサキ・ホワイシアとして、みなさんと共に歩み続けると誓いました。ですから私はもうこの国の人間ではありません。この国の女性のように男の檻に閉じ込められている生き方なんてしたくはありません。たとえそこが血なまぐさい戦場であっても、共に闘いたいのです、あなたと」

「……」



 それでも、連れていきたくない。心の芯の部分ではそう訴えているのに、こんな切実な想いに応えられない人間でいたくはない。それにもうこれ以上彼女に怒られたくないという保身的な気持ちが生まれたのも事実である。

 よって、そこから導き出された回答は。



「……わかったよ」

「!」

「僕の負け。一緒に闘ってくれる?」

「はい!」



 互いに譲歩し合った結果に満足してくれたのか、やっとミサキの顔に笑みが戻る。「やれやれ」とでも言いたげな周囲からの視線が気恥ずかしくもあったが、コホンと咳払い一つして会議を続行する。

 ミサキが同行することにはなったが、連れては行けない人がいるのだ。



「それからわかってると思うけど、マリアとセナは留守番だから」

「えっ? なんでぇ?」

「なんでって……マリアが一番よくわかってるだろ。聖女の術を禁止されてるんだ。うっかり発動なんてことになったらどうするんだ」

「うぅ」

「マリアの護衛として、セナもここで待機だ。いいな?」

「……」



 セナの表情にはわずかに不満が滲んでいた。だがこの兄の頑固さはよくわかっているのだろう、渋々と言った様子で頷いてくれた。

 クリンの視線は最後にジャックへとたどり着いた。この中で、おそらく彼が一番の当事者だろう。彼の協力が得られれば、どれだけ心強いか。だが……。



「ジャックさんに仲間を裏切れなんて言うつもりはありません。ここで静観しててくれますね?」

「……」



 ジャックには旧友を売り飛ばすような真似は似合わない。きっと二つの間で揺れているはずだ、これ以上苦しんでほしくない。

 だから彼の返事を待たず、クリンは立ち上がった。



「さあ、まずは情報収集だ。僕、アパルさんのところへ行ってくるよ」





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