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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第三十四話 和解の先に
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二度目の交渉

 

 結果的に、雪合戦はミランシャ皇女チームが勝利をおさめた。ジャックもクリンも最後まで奮闘したが、体力が切れてしまったチェルシア皇女が雪玉に当たってしまい、ゲーム終了となった。

 チェルシア皇女にうっかり雪玉をぶつけてしまった騎士はその場で切腹でもしてしまうのではないかと思えるほどの勢いで土下座をしていたが、皇女の心の器は体以上に大きいらしく、満面の笑みで騎士の勇敢な行為を誉め称えていた。


 それから現在。小さな皇女の要望によりすぐに解散とはならず、雪だるまを作ったりソリ遊びをしたりと楽しい時間が続いている。

 雪の絨毯にセナがダイブして、マリアがすかさず雪をかけていく。ミサキもチェルシア皇女もそれに続いて、どんどん雪に埋もれるセナは「冷てぇ死ぬ死ぬ!」と助けを求めている。


 そんな和やかな彼らを少し離れたところで見守りながら、クリンは隣に並ぶ男に視線を投げた。



「付き合ってくださってありがとうございました。とても楽しい思い出になりました」



 雪合戦が終わったらすぐに帰ってしまうと思われたが、隣の皇帝はいまだここに留まり続け、何をするでもなく立ち尽くしている。



「気は済んだのか」

「おかげさまで」



 皇帝の短い質問にクリンは力強く頷く。視線の先には、雪だるまになりつつあるセナと、セナの腕を引いて助け出そうとするアパル、さらに雪をかけ続けるマリアとチェルシア皇女。彼らの間にはもう遠慮も隔たりも感じられないように見える。



「あれを、見てみたかったんです」



 あはは、と響いた笑い声はマリアのものだ。顔を寄せ合って笑うチェルシア皇女は、マリアが敵国の人間であるとわかっているのだろうか。困ったように笑っているアパルは、そんな皇女と聖女を目の前にして何を思っているのだろうか。

 明日にはまた他人同士に戻ってしまうかもしれない。だが、それぞれの記憶にはこの楽しい時間がしっかりと刻み込まれたはずだ。



「皇帝陛下も、お楽しみいただけましたか?」

「俺は客人の要望に応じただけだ」

「そうですか……。できればミランシャ皇女と和解をしていただきたかったのですが、さすがに見通しが甘かったようです」

「……」



 試合前の魂胆(・・)を打ち明けてみても、残念ながら皇帝は無反応。だが、おそらくこの雪合戦を提案した時点で薄々気づかれていたはずだ。

 自分がこの遊びに興じたのは単なる酔狂ではない。もちろん単純に雪に触れてみたいという気持ちがあったことは否めないが、一番に望んだのはミサキと父親との和解だ。そして聖女マリアと騎士たちとの和解である。


 そのために用意した雪合戦という共闘の舞台。正直勝算などまったく期待できなかったが、結果的に手応えを感じることができた。何よりこの皇帝が参加という形で応じてくれたことが、大きな収穫である。



「陛下。もう一度、話し合いの場を設けていただけませんか。ミランシャ皇女とも、ネオジロンド教国とも……」

「停戦はない。何度も言わせるな」

「……」



 一刀両断されたというのに、クリンは笑った。何がおかしい、と言いたげな皇帝の視線を受け止め、移した目線の先にはミサキの姿。



「すみません。やっぱりあの子のお父さんだなと思って」

「……」



 似ているのだ、この親子は。今のこの皇帝の頑なな姿勢は、かつてシグルスで記憶を取り戻したミサキとまったく同じなのである。

 他者の言葉を聞かず、信じず、応じず……そして、自身の胸の内を語らず。

 あの病室で語られたアパルの話に、クリンは納得しつつも何度も喉まで出かかっては飲み込んでいた「でも」という想いがあった。


 生物兵器の開発を聞き付けて監視下に置こうとした帝国軍。でも(・・)そこに他国という協力者を加えていればより良い方法でシグルスの暴走を止められていたのではないだろうか。

 両国の思惑に翻弄され、二年もの間ミランシャ皇女は毒に苦しむことになった。でも(・・)、皇室がラタン共和国に助けを求めていれば解毒剤は簡単に手に入ったかもしれないのだ。

 シグルスで記憶を取り戻したミランシャ皇女だってそうだ。ソルダートを殺め、自身の命で償うという選択を取ろうとした彼女。でも(・・)、仲間に一言でも相談してくれていたらあのような危険を侵すことなく、もっと効果的にソルダートを裁くことができたかも知れない。

 レジスタンスを黙殺した帝国軍。でも(・・)、彼らは国を憂う同志なのだ。手を取り合うことは決して難しいことじゃない。

 最後にアパルは言った。皇帝陛下は皇女殿下を愛していると。でも(・・)、皇帝はその想いを一言も口にすることなく、ミサキの心の手当てをしてくれなかったではないか。解毒が済んだ時点で親子で会話をしていれば、皇女は婚約式に向かうあの馬車に乗ることなく、こんなにこじれることはなかったはずなのに。


 なぜこの国は、頼らない?

 なぜこの国の人は、独りで抱え込み、他者を信じようとしないのだろう?



「話を、しましょうよ。武器を置いて言葉を交わしましょう。この国はそれが圧倒的に不足しています」

「……若造の分際で、俺の国にケチをつけるか」

「陛下の国ではありません。陛下が守るべき民の国です。そして民を、血を流すことなく平和に導くことができるのは、陛下しかいらっしゃらないではありませんか」



 クリンは、相変わらず雪遊びにふける仲間たちを見ていた。そこに加わる、チェルシア皇女が引き連れてきた若い騎士たち。彼らは聖女であるマリアを警戒しつつも、能天気なセナにつられて雪を掛け合うほど打ち解け始めている。彼らだって、人を殺めるよりも人と笑い合うほうが好きなはずだ。



「皇帝陛下。もう一度、語り合うチャンスをください。聖女たちはその力を放棄すると決めました。時代が大きく変わろうとしているんです。僕は陛下にこそ、新しい時代の先駆者になっていただきたい。どうか武器を置き、対話による世界平和の実現を」

「……」



 そこから数秒間、沈黙が訪れる。二日前の執務室と同じように、二人の間には電流が伝うような緊張感が流れている。それなのに、遠くからは毒気を抜くような笑い声が複数。

 その声に重なるようにして、目の前の男から放たれたその言葉は。



「いいだろう」

「!」



 まさかの、イエス。



「ただし、ひとつだけ条件がある。そなたが見事その条件をクリアできた暁には、停戦交渉のテーブルに着くとしよう」

「……条件……?」



 やはり、一筋縄ではいかないようだ。だが、むしろこれはチャンスだ。まどろっこしい交渉を繰り返すよりもこちらがその条件さえクリアすれば停戦にこぎつけるのだから。



「当然、受けます。その条件とはなんですか」

「そなたのお得意の交渉術とやらで、我が国のレジスタンスを一掃してみせろ」

「……!」

「ああ、聖女の力は使うなよ。この俺に武器を用いるなと高説を説いたのだ、まさかと思うが、そなたがその例を破ることはあるまいな。『対話による世界平和の実現』と言ったか。ではまず、そなた自身がそれを証明してみせよ」

「……」



 対話による、レジスタンスの一掃。



「一掃の定義は、解散(・・)と同義ととらえてよろしいでしょうか」

「かまわん」

「……テロ行為を犯した彼らを、そのままにしておくのですか?」

「罪は(あがな)わせる。だが、そなたに課すのはあくまでも捕縛ではなく奴らの沈黙だ」

「……」



 無茶苦茶だ、そんなのかなり難易度が高い。

 自分はこの国に来たばかりの、何の力も持たない少年である。いったい、こんな子どもの言葉に耳を傾けてくれる組織がどこにあるというのか。

 それに今レジスタンスに残っているのは過激派ばかりである。問答無用で銃を撃ち放たれたら、交渉どころではないではないか。だがマリアに結界を張ってもらうことも許されないのだ。


 いや、しかし。それこそがまさしく自分が彼らに持ちかける停戦交渉ではないか。帝国の武器を封じ、聖女たちから身を守る術を奪うのだ。人にやれと言っておいて、自分はのうのうとその力に頼るなど許されるはずはない。



「わかりました。やります。ただし、ひとつだけ武器の所持をお許しください。もちろん使用はしませんが、お守りとして携帯したいのです」

「いいだろう。証人としてアパルを連れていけばいい」

「ありがとうございます」



 クリンはセナの腰に装備された黒いダガーを見た。ここにギンがいてくれたらどれだけ心強かっただろう。だが四の五の言っても仕方がない。

 やってやる。

 かならずレジスタンスを説得し、解散させてやる。そして目の前の男を交渉テーブルに着かせるのだ。






 

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