接戦
「やっぱり、あっちはオッサンを警戒してくるだろうな」
試合直前。作戦会議だというのに一瞬で自陣の空気を凍らせたのは、国のトップをオッサン呼ばわりしたセナだった。
当然、軍の連中は黙っていられないようだ。
「貴様! 陛下をオッサン呼ばわりするとは不敬であるぞ!」
「だって名前しらねーもん」
「貴様のような小童が御名を口にできると思うな! 皇帝陛下とお呼びせんか」
「やだよ堅っ苦しい。おい、ミサキ。オッサンは前線に立たせたほうがいいんじゃねえの? あっちは誰もオッサンに攻撃できねーだろ」
いよいよ側近が抜刀するのではないのかと思われたが、皇帝が「ほうっておけ」と制している。それを横目におさめながらミサキは「いいえ」と考えを述べた。
「残念ながらあちらにはクリンさんとジャックさんがいます、容赦なく狙ってくるでしょうね。皇帝が積極的に攻手にまわるとは思えませんし、前線は向いていないと思います」
「んじゃ雪玉職人になってもらうか?」
「冗談ではない! 陛下にせっせと雪玉なんぞを作れと申すか!」
「それはそれで見物ですが、やはりこの人が積極的に雪玉をこさえている姿も想像できませんね。マリアと協力してくれるとも思えませんし、居ても居なくても同じでは?」
「皇女殿下……」
側近はミサキの刺のある言葉に固まってしまった。セナと同様たしなめたい様子が見て取れるが、相手が皇女なだけにそうはできないらしい。皇帝の耳にもしっかりと届いているはずだが、彼は無反応だった。
「ふーん……」
そんな冷ややかな空気の中、セナは味方陣営を見回す。そういえば、同チームなのにミサキと皇帝は一度も会話をしていない。そもそも目すら合わせていないのではないだろうか。
──なるほどねぇ。
ふと、核心に触れたような気がして兄の顔を見やる。向こうも本気で作戦を立てている様子から、どうやらこちらに花を持たせてくれる気はないらしい。
まあ、それでいい。自分はせっかくの雪遊びを全力で楽しむだけだ。
「じゃあオッサンはミサキの近くで盾になれ。んで、あとの奴らはバランスよく攻守に分かれる。どうだ?」
「それだけだと決め手に欠けますね」
「んじゃどうすんだ?」
「そうですね……。では、セナさんが雪玉職人になるのはいかがですか?」
「はぁっ?」
「あちらはセナさんが攻撃専門だと考えて、まずセナさんを狙ってくると思うんです。ですが雪玉職人は当たってもセーフですよね。そのルールを活用しましょう」
「いや、それだと攻撃できないじゃん」
「セナさん以外の全員を攻撃にまわしましょう。そしてセナさんは飛んで来る雪玉に全力で当たりに行って、味方をかばうことに専念してください」
「みずから当たりに行けと……」
「セナさんは動きが俊敏ですから、適役でしょう?」
「それだと雪玉が足りなくならない?」
マリアの質問に、ミサキはにっこりと微笑む。
「王様が雪玉を作ってはいけないというルールは、ないわよね。どうせ当たらないように後方にいるのだから、私も雪玉作りに専念するわ」
「そっか! じゃああたしの後ろに居ればいいんだよ。あたしは当たっても退場にならないし」
「よろしくね」
さて。いよいよ試合開始である。
攻守のバランスを考えた正攻法のチェルシア皇女チームに対し、ルールの抜け目を狙ったミランシャ皇女チーム。果たして軍配はどちらに上がるのか。
開始後の戦局は、チェルシア皇女チームが不利だった。
クリンは後衛で劣性な自軍を眺めながら「うーん」と腕を組む。やはりこちらは皇帝に対する遠慮があるのか動きは固く、それに加え敵チームのセナが見事に壁の役割を果たしているせいで、なかなか数が減らない。
「皇女殿下、僭越ながらお願いがあるのですが」
「はい、なんでしょう?」
護衛の背中に隠れながら、きょとんと首を傾げるチェルシア皇女に耳打ちをする。皇女はクスクス笑いながら「お安いご用ですわ」と快諾してくれた。
そしてクリンから雪玉を受け取るなり、「みなさん! どうか当たってくださーい!」と叫びながら敵陣へ放り投げたのだった。
子どもながらなかなかの、ひょっとしたらミサキよりも優秀かもしれない投球センスで雪玉は次々と投げられていく。そしてこの小さな少女の願いを無下にできるほどの不忠義者は、騎士団には存在しないようだ。
敵陣は狼狽えながらも、決してあからさまには見えない程度の名演技でその雪玉を受け入れているではないか。
「我が兄貴ながらきったねー手、使いやがる」
ならばこちらも、と同じ手で応戦してやりたいところだが、ミサキと小さなお姫様ではいささか分が悪い。ミサキは五年前に亡命してから騎士団との関係はチェルシア皇女よりも希薄である。それに彼女には自分の代わりに雪玉を製造してもらわなければならないのだ。
「形勢逆転になっちまうな」
セナはあちこち駆け回りながら飛んで来る雪玉をキャッチしつつ、ミサキに「どーすんだ?」と視線を送った。
しかしミサキが指示を飛ばすよりも先に動いたのは、この戦局を「くだらん」とばかりに傍観していた皇帝だった。
「我が軍に告ぐ! 今より皇女の攻撃を食らった者は罰として一ヶ月間、謹慎処分を命じる! 戦場で敵に情けをかける者など我が軍には不要である」
「おわ、こっちも大人気ねぇ……」
「敵軍前線に狙いを定めよ。広がるな! なんのために青い壁がいるのか考えろ」
「青い壁……って俺のことかよ、くそっ」
言い方は腹立つが、たしかに味方が固まってくれたほうが壁としては有難い。それにしてもよく通る声だ。おかげで味方の動きが格段に良くなった。
しかしそのせいで雪玉の製造がどうにも間に合わない。
マリアともう一人の雪玉職人が必死で作ってくれているが、ミサキは飛んで来る雪玉に当たらないよう意識しながら製作しなければならないため量産できないようだ。
しかしそんなミサキだが、自分の代わりに指揮をとってくれる者がいることで、うっかり製造に集中し過ぎてしまった。
「きゃっ」
ぐいっと肩を後ろに引かれて尻餅をついた矢先、真っ白な雪玉が目の前をかすめる。どうやら敵陣から飛んできた雪玉らしい。すんでのところで当たらずに済んでホッとしたはいいが、目線を背後に移せばミサキの表情は自然と曇った。
後ろから肩を引いてくれたのは、父──いや、皇帝だった。
「……」
目が合って、咎められたわけでもないのに気まずさが襲う。本来ならば助けてもらったことへの礼を言わなければいけない立場なのに、驚きと反発心のほうが勝ってけっきょく言葉は出ないまま。ふいっと顔を横に背ければ、上から小さな息がおりてきた。
──笑った? いや、きっと溜め息だ。
その正体を確かめようとは思えず、勝手に結論づけてミサキはまた雪玉の製造に戻る。脳内では医療棟で聞いたアパルの話が再生されそうになったが、慌てて打ち消していた。




