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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第三十四話 和解の先に
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雪上戦


「雪だー!」

「わっ、冷たい。手が痛くなりそうだ」



 大の字で雪原にダイブする弟と、初めて触れた雪の感触に感動する兄。そんな兄弟を、ミサキとマリアが呆れながらも温かい目で見守っている。

 その後ろにはジャックと、さらに離れたところに皇帝が引き連れてきた軍の人間が十数人。自分たちも含めて全員がしっかりと防寒具を着込んでいる。さすが北国の皇帝と兵士たち、外套(がいとう)姿もかなり様になっている。

 しかし皇帝陛下こそ無表情であったが、他の者たちは突然の召集に戸惑いを隠せないようだ。

 


 レジスタンス襲撃事件から一夜明けた本日。一行が訪れているのは帝都から日帰りできるほどの距離にある雪山である。そこまで標高は高くないが、さすが北の大地、少し登っただけでも雪の絨毯が出迎えてくれた。時期的に積雪量はさほどらしいが、クリンたちにとっては誤差のようなものだ。

 なぜなら出身地であるアルバ王国は、雪の降らない南の島国である。雪遊びどころか、触れた経験すらないのだから二人が興奮するのも無理はない。

 まあ正確に言うと、セナだけは一度だけ雪に触れたことがあるにはある。だがリヴァルによって生み出された泥人形の討伐時だったため思い出したくはないし、彼のカウントには含まれないようだ。



「ほれ」

「わっ、冷た! 何するんだよ!」

「痛てっ」



 雪玉をぶつけられて、投げ返す。まるで幼い子どものような戯れも二人にとっては新鮮な経験だ。

 空気は肌を刺すように冷たく、吐いた息は雪のように白く浮遊する。たったそれだけのことなのにテンションが暴上がりしてしまうのだから、もうどうしようもない。



「ごほん。クリン殿、皇帝陛下をいつまで待たせておくつもりだ」

「あ、すみません」



 そこへ水を差したのは皇帝の横を守るアパルである。彼らの存在を忘れていたわけではないが、初めての雪に興奮してそれどころではなかった。

 皇帝陛下の周囲には騎士団十数名の他に、ミサキの妹も控えていた。食事を囲った時に「スープが温かい」と喜んでいた一番下の妹だ。もちろん他の皇女たちにも声をかけたが、応じてくれたのは彼女だけのようだ。

 ふわふわのブロンドヘアーに青い瞳、年は九歳。ミサキにとっては異母妹にあたるのだが、以前から交流は皆無だったらしい。彼女もこの雪山は初めてなのか、物珍しそうにキョロキョロと周囲を見渡している。


 雪原の中に配置された大小様々な的や、人の形を模した藁。どうやらここは雪上戦を想定した騎士団の訓練所のようだ。



「皇帝陛下、改めてお礼を申し上げます。まさか本当に僕の希望を叶えてくださるとは思いませんでした」

「そなたの魂胆に興味はないが、我が軍もそんなに暇ではない。さっさと済ませろ」

「はい! では、まずルールを教えて下さい!」

「……」



 知らないくせに誘ったのかよ、とでも言いたげな視線を投げてきたのは、もちろん皇帝ではなくアパルだ。

 しかし北国在住と言っても、ここにいる者たちは(そろ)いも揃って貴族出身である。平民の遊びである雪合戦など経験がないため、誰一人として正しいルールを知らないようだ。

 おぼろげなルールに頼るより、それならばいっそ新しい遊びを考えたほうが楽しい。そう言って、ものの数分で新ゲームを編み出したのは生粋(きっすい)の遊び人セナである。


 ルールは簡単。コートを作り2チームに分かれ、それぞれに王様を一人だけ配置する。雪玉を投げ合って当たった者は退場となり、王様に雪玉が当たってしまったチームが負け、というシンプルなゲームだ。王様を守りつつ相手チームの数をいかに減らすことができるかが(きも)である。

 しかし雪玉を作っている間に当てられてはゲームにならないので、雪玉職人という専門職を作った。ひとチーム三名までとし、雪玉職人だけは当たっても退場はナシ、その代わり攻撃は不可とする。

 その他にも雪玉に石を入れるのは禁止、肩より上に当たった場合はセーフなど、クリンの提案で細かいルールも追加した。



「さらに細かい制限は、やってから付け足すことにしましょう。メンバー編成はこちらで指定してもいいですか?」

「かまわん。さっさと始めろ」

「念のためにお聞きしますが陛下に王様以外の役割をお任せしても問題はありませんか?」

「問題だらけであるぞ、クリン殿! 偉大なる皇帝陛下を雪遊びなんぞに誘った時点でじゅうぶん無礼であると言うのに、あまつさえ一兵卒のような扱いを強いるとは」

「黙れアパル。うっとおしくて敵わん」



 断固反対するアパルを一蹴し、皇帝は「好きにしろ」と続けた。さすがというべきか、やはり彼の懐の深さは底知れない。

 では、とお言葉に甘えてクリンの独断で采配したチームは、ミランシャ皇女率いる赤チームと小さな皇女率いる白チームに決定。

 赤チームには皇帝、マリア、セナが。白チームにはクリン、ジャック、アパルが配置されている。



「マリアは聖女の術禁止な」

「うんっ!」



 どうやら雪玉職人に任命されたらしい、マリアは楽しそうに雪玉を作る練習をしている。彼女が雪玉職人になったのは、聖女であるがゆえに集中攻撃されないようミサキとセナによる配慮なのだろう。マリア本人は気づいていなさそうだが。


 さて、と自身のチームを振り返り、クリンは小さな皇女へ(ひざまず)く。



「皇女殿下、僕はクリン・ランジェストンと申します。お名前をお伺いしても?」

「チェルシア・ラント・ヴァイナーです。お見知りおきを」



 護衛に守られながら、チェルシア皇女はお見本どおりの綺麗なお辞儀で応えてくれた。まだあどけない雰囲気が残るがその仕草は優雅で美しく、腹違いと言えどもミサキとの共通点を見い出せる。



「皇女殿下をお守りする栄誉をいただけますか?」

「ええ、喜んで」



 快諾してくれた彼女の微笑みはこの雪原のように無垢でまっさらだった。しかし、彼女はもうすぐ十歳、かつてのミサキがシグルスで生物兵器の実験に立ち会い、ソルダートに毒を盛られたあの時と同い年になるのだ。こんな幼い頃にあれだけの傷を心に負ったのかと思うと、激しい痛みが胸を襲う。



「クリン。こちらはやや不利に見えるが、作戦はあるのか?」



 うっかり感傷に浸りそうになった自分を我に返らせてくれたのは同じチームのジャックだ。

 たしかに彼の言うとおり、あちらには遊びの天才セナがいる。そして何より皇帝の存在が厄介だ。彼が積極的に攻撃に参加するとは思えないが、こちらのチームはやりにくくて仕方がないだろう。果たして偉大なる皇帝陛下に雪を投げつけられる猛者はこのチームに居るのだろうか。



「たしかに不利ですねぇ。なのでこちらの雪玉職人は騎士団の方たちにお願いしましょう。僕とジャックさんは攻撃に専念するとして、なんとか生き残りたいところですね」

「ならば前衛と後衛の二段構えはどうだ」

「いいですね、そうしましょう。ジャックさんは、雪合戦の経験はあるんですか?」

「あるわけないだろう。だが、騎士学校の時に雪かきの競争をした記憶はあるな」

「それじゃあ雪には慣れてるんですね。前衛をお願いしても?」

「了解した」



 それぞれの作戦が立った頃合いで、戦いの火蓋は切って落とされることとなった。……いや、そんな大層なものではないのだが。



「ところで、あちらの王がミランシャ皇女ならば雪玉を当てなければならないが、クリンにはできるのか?」

「……」

「……」



 しまった、と呟いた自分に、ジャックは珍しく声に出して笑った。




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