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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第三十四話 和解の先に
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クリンの提案



 ジャックの追及を受けて、アパルはいよいよ何かを察したようだ。入院着ゆえ武器こそ携帯していないが、さすが皇室の近衛騎士、剥き出しにした警戒心は鋭利な刃物のように鋭さを増していく。



「貴殿は何者であろうか。道中、皇女殿下の護衛を肩代わりしてくれたことへの礼は尽くそう。だがこれ以上の皇室批判は見過ごせんぞ」



 さあ、どう誤魔化すか。クリンが考えを巡らせるより早くジャックが口を開き始める。だめだ、彼が何かを発する前に止めなければ。



「──」



 咄嗟に声を出そうとしたその時、奇しくも救済を与えたのは自分ではなく無遠慮に開けられた扉の音だった。



「そのへんにしておけ」



 その声が狭い室内に届いた瞬間、アパルと騎士は流れるような仕草で片膝をついて頭を下げる。

 入ってきたのは側近を二名ほど従えた皇帝だった。

 衛生的であるとは言え質素で古びた医療棟に、まさかこの国の頂点に立つ男が自ら足を踏み入れるとは誰が想像できただろうか。

 クリンも頭こそ下げなかったがその場で姿勢を正してしまうほど、室内に緊張感が生まれたのを肌で感じていた。



「アパル。舌を切られたいか」

「……っ」

「こんな場所で国家機密をベラベラと垂れ流しおって。お前にいったい何の権利がある」

「め、面目次第もございません!」



 アパルはいよいよ床に這いつくばるのではないかと思えるほど深々と頭を下げている。

 その頭を上げさせることなく、皇帝は数秒だけアパルを見る。咎めるというよりも、観察眼を向けると言った方が正しいような視線だ。



「お前はしばらく護衛から外す。せいぜい大人しくしておけ」

「……」



 アパルは、パッと顔を上げた。まるで謹慎処分のような命に不服があるのかと思われたが、なぜかアパルの表情は少しだけほぐれていた。



「ご配慮いただき感謝致します。しかし怪我は完治しておりますので、ご心配には及びません」

「……。ならば二度と醜態は晒すな。非番の日に護衛と無縁の場所で無駄死になど、笑い(ぐさ)にもならん」



 アパルは「御意に」と短く返答し、再び頭を下げた。

 二人のやり取りを、ジャックやミサキはそれこそ冷ややかに眺めていたのだが、クリンは不思議と温かいものを感じていた。


 皇宮から離れたこんなところまで足を運んだ皇帝。その意図は、もしかしなくとも長年従えてきたアパルの容態を気遣った故なのではないだろうか。彼のイメージからすれば護衛など掃いて捨ててしまえと言いそうなものだが……。


 アパルはずいぶんと国の情勢に詳しかった。皇帝の近衛騎士、騎士団の副隊長なのだから当然と言えば当然だが、アパルの言葉の節々に皇帝への深い信頼を感じることができた。この二人には確かな絆があるようだ。


 と言うことは、だ。

 皇帝は娘であるミランシャ皇女を愛していたと、アパルは言った。にわかには信じられなかったが、この二人のやり取りを見る限りもしかしたら本当のことなのかもしれない。

 ……いや、そう言えばリヴァルが拉致されて深く嘆き教会を憎んだのは、他の誰でもないこの男だった。鋼鉄のような男だと思ったが、身内を愛する気持ちは人並みに持ち合わせているのかもしれない。

 だとしたら、皇帝とミサキに生まれた溝はまだ修復可能なのではないだろうか?


 クリンがぼんやりとそんなことを考えていると、彼の視線が不意に自分へと注がれた。



「怪我は」

「えっ、あ、はい。ご本人のおっしゃる通り、完治しているはずなのですぐに復帰できると思います」

「……」



 一瞬だけ空白の時間が生まれて不思議に思う自分の横で、小さく耳打ちをしてきたのはミサキだ。



「あなたのお怪我のことをおっしゃっているのでは」

「え」



 てっきりアパルの怪我はちゃんと治ったのかという確認なのだと思った。

 どうやら自分が負傷したことも皇帝の耳にしっかり届いていたらしい。帝国にとって都合の悪いことだ。誰も報告などしていないのではと思っていたが。

 さて。向こうから振ってくれたのならば自分が取るスタンスは決まっている。



「マリアの治癒は、完璧でした」



 今自分が無事なのはあくまで「仲間のおかげ」であって、そちらの愚行を許したわけではない、と。



「そうか。客人に無礼を行った者はこちらで処分しよう」

「……」



 いまだ頭を下げ続けている騎士が、びくりと肩を震わせている。別に、この男がどんな処罰を受けようとも構いはしない。が、万が一ということもある。もしも極刑などとなったらそれこそ目覚めも良くないので、クリンは首を横に振った。



「すでに彼からの謝罪はいただきました。それに部下の不手際は上司の責任でしょうし」

「クリン殿っ!」



 意訳するならば「責任はおまえが取れ」だ。さすがに調子に乗りすぎたか、アパルも隣の騎士も黙ってはおけなかったようだ。

 だが、皇帝の懐はそこまで小さくはないらしい。



「なるほど、一理ある。では、そなたは何を望む?」



 皇帝の表情は読めない。が、とりあえずこちらの意志は尊重されたらしい。

 せっかくもらったチャンスなので有効に使いたいところだが、しかしここで「ネオジロンド教国と停戦を」と提示するのは少し違うような。

 償いとそれは別であってほしい。停戦は、両国が心から和平を願った結果でなくては意味がないのだから。

 そう、そのためにまず必要なのは、和解(・・)なのだ。



「では、ひとつお願いが」

「申してみよ」

「はい。僕、雪合戦がしてみたいのですが」

「……」



 なんだって?

 この場にいる各々がそんな疑問符を顔に浮かべていたが、クリンはもちろん笑いを取りにいったわけでも、ましてや頭がおかしくなったわけでもない。そう、いたって本気である。



「少人数だと寂しいので、みなさんも付き合ってください、雪合戦」





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