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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第三十四話 和解の先に
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語られていく真実

 

 帝国の思惑という真偽はどうであれ、けっきょく二国間は兵器の開発という道を歩んでしまった。そして進められたのがあの軍事同盟なのだろう。



「そうして、わたくしは人身御供に差し出されたというわけなのね。あの人の考えそうなことだわ」

「それは違います、皇女殿下!」



 締めくくったミサキの言葉に、アパルは再び否定の声をあげた。



「たしかに、あの軍事同盟の足掛かりとして向こうから提案されたのが、ニーヴ大統領子息と皇女殿下の婚姻でした。ただ……皇帝陛下はその話を却下されるおつもりだったのです」

「……」



 ミサキは再び口を閉ざした。ずっと自分は、二国間の橋渡しとして差し出された生け贄なのだと思っていた。自分を利用した父が許せなかった。

 それなのに、「拒むつもりだった」という言葉は寝耳に水である。



「皇女殿下はシグルスであの生物兵器をご覧になって、たいそうショックを受けられました。そのお姿に胸を痛められた皇帝陛下は、病を患ったことにして婚姻を回避させようと考えておいででした。そんな矢先に……皇女殿下が毒に侵されてしまったのです」

「……」



 彼女が毒により倒れたことは、奇しくも婚姻を遠ざける理由ができてしまったため公にはならなかった。そうして一旦は、二人の婚姻は保留となる。



「当然、陛下はありとあらゆる手段を用いて解毒の方法を探しました。そして解毒後は皇女を政治の渦から遠ざけようとなさっていたのです。しかし差し出されたソルダート氏からの求婚を、皇女様は受け入れてしまわれました」



 むしろ、なぜ婚約など承諾したのかこちらが聞きたい。さすがに言葉にはなかったがアパルの目がそう問いかけている。

 しかし、ミサキは明言を避けた。あの時の苦しみは、絶望は、こんな場所で口にできるほど軽々しいものではない。よって、アパルの無言の疑問を無視することにした。


 さて。今まで語られることのなかった帝国側の事情を五年も経ってやっと聞くことができたわけだが、まるで帝国側が正義の使者であり、皇帝が娘を(おもんばか)っていたようにも聞こえるアパルの話を、すべて鵜呑みにすることなどできない。

 もしかしたら本当に、帝国に生物兵器開発の意志はなかったのかもしれない。皇女を政治利用したわけではないのかもしれない。だが。



「皇帝陛下は毒で身動きの取れなくなったわたくしを、聖女撲滅運動に利用したではありませんか。そのせいで、あの広場で多くの聖女が亡くなりました。わたくしからしてみれば、帝国もシグルスもやっていることは同じです」



 生物兵器だろうと聖女狩りだろうと、その罪の重みに差異はなく、等しく残虐非道な行いである。



「あの人が本当にわたくしのことを考えていたなら、わたくしが苦しむことをするはずがない。あの人は娘にふりかかった災いすらも利用したのよ。その言葉以外、聞きたくありません」

「皇女殿下、どうかお聞きください。聖女の虐殺は確かに行われました。ですが、あれこそが皇女様を毒からお救いするためだったのです」

「……」



 また知らない事実が振ってきた。ミサキは一瞬だけ戸惑い、それでももう聞きたくないとばかりに背を向けた。



「いいえ、もう結構です」

「皇女殿下!」



 強制的に話を終わらせようとしたミサキのことを、アパルは不敬を承知で引き止める。



「続きを聞こう、ミサキ」

「クリンさん……」



 割って入ったのはクリンである。ここでは完全に部外者であることからずっと聞き役に徹していたが、その話を聞くべきだと感じた。直接対話をした時に感じた皇帝への印象が、自分をそうさせたのかもしれない。



「その話を信じなくてもいい。でも、何も知らないまま恨み続けるなんて悲しいよ。聞いた上でそれでも不信感を拭えないって感じるなら、その時は君の気持ちを尊重するから」

「……」



 ミサキは眉を寄せてうつむき、じゅうぶん迷った後でジャックの存在に気がついた。

 彼はクリンの背後を守るように一定の距離を保って立っているだけだが、その眼差しはいまだに帝国への敵意を潜ませている。そう、今しがた話題にあがった聖女狩りによって彼は妹を亡くしたのだ。彼のためにもこんな中途半端なところで話を終えてはいけない。

 ミサキは小さく頷き、アパルへ向かって無言で続きを促した。



「我が軍は当初、皇女殿下に毒を盛ったのはネオジロンド教国の者だと信じておりました。あの日は皮肉にもリヴァリエ皇女殿下が拉致された『皇室の悲劇』の日です。ミランシャ皇女殿下はいつもおっしゃっておりましたね、『お父様が可哀想だ』『連れ去られた聖女たちが気の毒だ』と」

「……」

「その批判を受けた教国側が、制裁のために殿下に毒を持ったのだと報告があったのです」



 以前から教国を憎んでいた帝国は、当然それが真実であると信じて疑わなかった。

 そうして行われたのがあの聖女狩りである。皇女殿下に毒を持った奴らに制裁を。皇女殿下が毒から救いだされる日まで、続けるのだ。



「やっぱり……わたくしのせいなのね」



 ふらりと揺れた彼女の背中を、クリンは後ろで支える。

 違うよ、きみのせいじゃない。

 そんな言葉は無意味だとわかっているから、ただ首を横に振る。



「アパルさん。ミランシャ皇女に毒を盛ったのは聖女たちではなく、ソルダートの手の者です。ソルダート自身が認めました」



 帝国はそのことを知っているのだろうか?

 確認のために尋ねれば、アパルは苦虫を噛み潰したような表情でうなずく。



「かなり後になってだが……知った。おそらく教国側が毒を盛ったと誤報を流したのもヤツの差し金だろう」



 そのせいで、無実の罪を着せられた教国は多くの聖女を失う結果となった。

 ではなぜ、そのようなことをシグルスが計画したのか。以前ソルダートが語ったのはミランシャ皇女への私的な憎悪だったが、もちろんそれだけではない。


 シグルスは、科学技術が発展するにつれて人智を越えた聖女をもて余すようになっていた。だが世界はいまだ聖女を敬う風潮がある。地盤の弱いシグルスが行動(・・)するにはリスクがあった。どこかの国が、先に動いてくれればやりやすいのだが。

 そんな企みに利用できそうなのが、ジパール帝国だった。平和を願うミランシャ皇女が聖女たちを解放するべきだと唱えていたことも、タイミングが良い。


 さらには帝国で聖女虐殺が行われれば、当然帝国は世界各国から非難され、ネオジロンド教国との戦争は激化するだろう。シグルスはその隙をついて生物兵器を量産しようと企んだのだ。クリンたちが二度目に遭遇した生物兵器、あれがまさにそうである。

 蛇足になるが、レジスタンスの活動が活発になり始めたことも彼らにとっては嬉しい誤算だったことだろう。


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