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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第三十三話 囚われの
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襲撃


 頭上から鈍い轟音が鼓膜を打ち、同時に地面が揺れる。



「なんだ!?」

「どうした!?」



 その場の空気は一転して緊張が走り、騎士団の男たちは一斉に立ち上がった。

 石造りの天井からパラパラと小石が流れ落ちてくる。どうやら音は、地上から聞こえたようだ。


 音は再び轟いた。それを爆発音だと知ったのは、体が宙に浮くような振動とともに一瞬で天井が崩れ落ち、真っ黒な爆炎が降り注ぐのを視界にとらえた時だった。



「……っ!」



 ──頭の中は真っ白だった。あまりの突然の出来事に、スローモーションのように降ってくる大きな瓦礫を認識しながらも体は微塵も動かすことはできず、ただ目を見開いていただけ。


 一秒にも満たない、その直後。

 世界が真っ白になるほどの強い光が眼球を刺激して、クリンは瞼を閉じた。その間も音は激しく鳴り響き、惨劇はまだ終わっていないのだと耳に訴え続けている。


 やがて光の強さに目が慣れた頃、クリンはおそるおそる瞼を開いた。

 白く輝く結界が周囲を包み込み、瓦礫と黒煙から身を守ってくれていた。おそらくマリアが無意識に形成したものなのだろう、本人はその場に座り込みながら固く目を閉じている。


 降り注ぐ瓦礫は結界によって弾かれ、四方に転がっていく。辺りは白と黒の煙が入り交じっているせいで、よく見えない。だが、天井の崩壊はごく一部のようだ。後ろを振り返ればすぐに階段が視界に映って、退路があることに少なからずクリンはホッとする。



「聖女の術か……」



 騎士団の一人が呟いた言葉には、多少の侮蔑と苦味が含まれていた。しかし彼らにとっては皮肉なことに、結界のおかげで誰一人として負傷者を出さずに済んだようだ。

 長い廊下の奥は煙が充満してよく見えなかったが、このぶんだと投獄された者たちも無事でいることだろう。


 しかし安堵する時間はない。煙に紛れて頭上からいくつもの影が降ってくる。それが人であると気づいたのは、激しい銃声が聞こえてからだった。

 銃弾は結界を貫くことなく、火花のような光とともにあっけなく床に落ちていく。



「結界か!?」

「バカな、帝国に聖女がいるわけないだろ!?」

「いや……気にするな、目的を果たすぞ!」



 人影はまず結界に驚いたあとで、本来の目的を遂行すべく廊下の奥へ向かっていった。

 一体何が起こっているのか何一つ理解ができない者たちの中で、ただ一人、これから起こる出来事を予測できた者がいた。



「……クリン。組織の奴らだ」

「えっ?」



 騎士の連中に聞こえないよう、クリンに耳打ちをしたのはジャックである。

 煙の中ではっきりと顔は見えなかったが、仲間だったジャックには声や動きだけでレジスタンスの一味だとわかったのだろう。つまり今の爆発も、地下牢に侵入するために彼らが仕組んだことなのだ。



「捕まった仲間を解放しに来たのかもしれない」

「ええっ?」



 そうしている間にも銃声は鳴り響き、そこへ金属を弾くような音も加わっていく。

 やがて煙は穴の開いた天井へ吸い込まれていき、クリアになった視界に飛び込んできたのは、ジャックが予測した光景そのものだった。

 連中は皆、以前ジャックが覆っていた黒いマントを羽織っている。六人はいるだろうか。牢にいる仲間を引きずり出すなり、そのうちの一人が再びこちらに銃を構えてきた。それに応じるように、脱獄に気付いた騎士団の男たちも銃を構え始めた。



「レジスタンスの連中だな!」

「撃て!」

「あ、ダメ!!!」



 マリアの制止の声はひと足遅かった。

 男たちが放った銃弾は結界の内側から飛び出ることなく、光の膜に弾かれて跳ね返ってきた。行き先を変更した銃弾は結界の中で乱れ飛び、それらは容赦なく人に狙いを定める。



「ぐあっ」

「ぐっ……」



 銃弾のひとつは銃を放った騎士の太腿をかすり、もうひとつはアパルの腹部へ飲み込まれていった。



「アパル殿!」

「くそっ……、おい、聖女! 術をやめろ!」

「そんな!」

()け! 殺されたいか!」



 騎士の一人が鉄柵の隙間からマリアへ銃口を向ける。だが、マリアは結界を解くことをためらった。当然だ、結界を解いたところで今度はレジスタンスから銃弾を食らうだけである。

 セナがマリアを背後に隠したと同時に、クリンは声を上げた。



「やめてください! 先にやることがあるでしょう!?」



 すでにクリンはアパルのもとへ駆けつけていた。非番だった彼は隊服を着用しておらず、無防備だった腹部はじんわりと赤黒い血液で染まっていた。弟が被弾した時の記憶が鮮明に蘇る。だが、弾が貫通しているかなんてクリンにはわかるはずもない。



「とりあえずマリアに治癒術を……」

「アパル殿に触るな!」

「っ!」



 その続きは痛みによってかき消された。やたらと近くで聞こえた銃声は、まっすぐにクリンの左手の甲を貫いたのだった。



「クリン!」

「クリンさん!」



 仲間の悲鳴が響く中、クリンは左手に襲い来る痛覚をなすすべもなく受け入れるしかなかった。



「……っ」



 どこにも逃がしようがない激痛に一瞬で体温が上昇し、額から大量の汗が流れ落ちる。肉の焼ける匂いが辺りに充満し、ポタポタと流れ落ちる血液が地面を赤黒く塗らしていた。



「おやめなさい! わたくしの前で銃を使用することは許しません!」



 発砲した本人も思わずといったところだったのだろう、ミサキの声にハッと我に返った騎士は素直に銃をおろした。



「おい!」

「わかってるわ」



 セナの掛け声に、マリアは意識を拳銃に向けた。

 次の瞬間には騎士の手にある拳銃が煌々と輝き始め、白い光とともに粉々に砕け散った。

 それから次々に結界内の銃を破壊していく。

 騎士たちは自身の武器が変貌していく様を目の当たりし、憤慨あるいは狼狽と、三者三様の反応を見せた。

 

 こちらのごたごたに乗して、レジスタンスの連中は侵入してきた天井穴からロープを伝って逃げていく。



「待て!」



 銃を失った騎士は携帯していた小刀を懐から取り出し、結界の外に飛び出そうとした。

 しかし敵の手にはいまだ拳銃がおさめられている。容赦なく放たれた弾丸は結界によって弾かれ、事なきを得る。

 マリアは次に、意識を結界の外へと向けた。そしてレジスタンス側が手にしている銃にも狙いを定め、同様に破壊し始めていく。



「ミサキ、ここ開けろ!」



 その横で、ガシャン、ガシャンと、セナは格子を揺らした。


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