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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第三十二話 ジパール帝国
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向けられた銃口


「皇帝陛下。そちらのご意見はもっともです。だからこそ、話し合いのチャンスをください。僕たちがこのまま死んだらリヴァリエ皇女は救われず、聖女たちとの戦いは激化する一方です。あなたの欲しがっているものは結局手に入らないままだ」

「雑な脅しだな。そなたらを捕虜とし、そこの聖女にはそなたらの命と引き換えに予定どおり巡礼を終えてもらえばいいだけのことだ。聖女の力が消滅すれば、戦争の勝敗は火を見るよりも明らかだろう」

「いいえ、皇帝陛下はそのようなことは致しません」

「……」



 皇帝はわずかに眉根を寄せた。



「皇帝陛下は晩餐の時に僕の意見を受け入れてくださいました。誇り高く寛容な方です。こんな子どもの話にも耳を傾けてくださる大きな方だ。そんな陛下が皇女を助けた子どもを人質にとるだなんて卑怯で恥知らずなことをするとは思えません」

「侮るな。我が国のためならば恩人だろうと容赦はせん」

「国のためだとおっしゃるならば、なおさらです。いまだ世界の多くの国はネオジロンド教国を支持しています、無抵抗の使者に危害を加えれば各国が黙っていないでしょう。帝国の名誉にもかかわるのでは? それに僕は教国ではなくアルバ王国の人間だ。一国の王と言えど、他国の子どもを理由もなく殺せば国際問題に発展します。そのリスクを背負ってまで引き金を引く必要がありますか」

「……」



 銃口は相変わらず自分の顔を真っ直ぐにとらえている。

 ずいぶんと自信たっぷりに言い放ってしまったけれど、ミサキの体を隠す自分の手は震え、暴れ狂う心臓のせいで頭がおかしくなってしまいそうだった。


 そんな緊張感漂う時間の中で、皇帝に会う直前、セナとあの会話をしてよかったなとクリンは思っていた。ここは言葉の通じない未開の里ではない。交渉をするにしても、あれほどの悪条件ではないはずだと思い直せたのだから。


 そのおかげで食事の際に腕試しという大胆なことまでやってのけることができた。結果、皇帝は折れクリンの意見が通された。彼が話の通じる相手であると見極めるには、十分な手応えだった。


 しばらくの睨み合いの末、動いたのは皇帝だった。



「引き金は、引く」

「!」



 直後、閉鎖された室内に金属的な衝撃音が響き渡って、同時にクリンの左頬と耳たぶに焼けつくような痛みが襲った。



「……っ」

「クリンさん!」

「……のやろう!」



 一斉に上がったセナや仲間たちの声を聞き、クリンはなおも声を張り上げる。



「動くな! 争うな!」



 衝動的にダガーを引き抜こうとしたセナの腕を、ジャックがつかんで止めた。セナはその手を振り払うことなく、腹の底から湧き上がる怒りと激情になんとか耐えているようだった。



「今のは皇女への制裁だ」

「!」



 皇帝の言葉にミサキは息を飲む。なるほど、とクリンはやけに冷静な頭で納得した。

 ミサキの不敬に対して、覚悟をしておけと目の前の男は言っていた。たしかに、仲間が代わりに罰を与えられた方が制裁としては効果的だろう。

 ならば自分はこれ以上彼女に罪悪感を与えないよう、せめて平気なふりをするだけだ。耳から雫が垂れてぽたぽたと肩を濡らす。激痛に耐えながら、左頬を通過する生温かい液体を手の甲で拭った。

 なおも毅然とし続けるクリンの様子を、しごく冷静な表情で眺めていた皇帝はゆっくりと口角を上げた。



「予想外だな……。命乞いでもして楽しませてくれるかと思ったが」

「あるいは仲間からの反撃を期待していましたか? 僕たちは平和を謳う仲介人です、無闇に武器を振り回すような阿呆ではありません」

「若造が」



 まるで阿呆はおまえだとでも言わんばかりの皮肉を込めた言葉に、皇帝は毒づきながらも不敵な笑みをたたえ、銃をおさめる。



「話は終わりだ。皇女を助けた礼は尽くそう、そちらの気が済むまで泊まっていくが良い」

「皇帝陛下」

「出ていけ。ある程度の自由は与えるが、城の門より外へ出たら二度と入れんと思え」



 まだ停戦交渉をこぎつけていない。ここで引き下がったら、自分はなんのためにここまで来たのか。

 退室を促されてもなお食い下がろうとするクリンの袖を、ミサキが引いた。



「傷の手当てをしましょう、クリンさん」

「……」



 でも、と言いかけたところで、こちらを気遣うミサキの瞳に(かげ)りが見えて、クリンは押し黙る。気丈にふるまっているが、ミサキの心は深いダメージを負っているはずだ。



「陛下。明日、もう一度謁見の許可をください」

「……気が向けばな」

「はい。お願いします」



 さっさと出ていけとでも言いたげに護衛が威嚇を始めたので、クリンは今度こそ引き下がった。こうして緊張の瞬間は終わったかのように思えた。



「待て。そこの聖女は置いていけ」

「……!」



 思いがけぬ命令が下されて、先ほどの緊迫感とはまったく違った危機感がやってくる。

 数歩先に居るセナはマリアを背後に隠し、今度こそダガーを抜き取りそうな勢いだ。



「我が国にいる以上、自由にしておくわけにはいかん。大人しく拘束されてくれれば手荒な真似はしない」



 護衛騎士たちが静かに銃を構えたので、クリンはギリッと奥歯を噛んだ。



「彼女の存在が不快だと言うなら、彼女だけネオジロンドに帰します。それではいけませんか?」

「では(そろ)って即刻立ち去れ」

「……っ」



 暗に、二度と話し合いはないと告げられたのだ。

 友情か、それとも大望か。二者択一を迫られて力任せに拳を握ったら、爪が手のひらに食い込んで強い痛みを感じた。



「では、わたくしも彼女と一緒に」

「黙れ。立場をわきまえろ」

「皇帝陛下……!」



 ミサキもマリアとともに拘束されることを申し出たが、当然だが許可などされるわけもなく、冷たい時間が流れていく。


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