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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第三十二話 ジパール帝国
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密書


 間もなく皇帝の視線がミサキからクリンへと移されたので、クリンは話題を軌道修正した。



「本筋からそれてしまいましたので、マリアの話に戻ります。彼女はすでに最後の巡礼地であるネオジロンド教国の北西部へたどり着くところでした。そこでリヴァーレ族を殲滅するわけですが……僕たちはリヴァリエ様を助け出し、この国に帰したいと思っています」

「……」



 これは自分たちが迷いに迷って出した結論だった。

 リヴァルを生かしたまま帝国へ帰す。それはつまり、彼女の罪を暴くこと無く無罪放免とすることだ。世界中の被害者を欺くかたちになる。

 当然、話し合いの段階でセナは猛反対をした。生かすにしてもせめて罪を公表するべきだと。


 しかし、彼女はみずからの意思で誰かを殺害しようとしたわけではないのだ。生きるために、仕方なく力を放出するしかなかった。彼女だって救いを求めていたのだ。

 そしてクリンにはもうひとつ考えがあった。彼女が帝国へ帰ってしまえば、皇族である彼女は自由に国外へ出ることはできなくなるだろう。セナと彼女を完全に引き離すには帝国へ帰ってくれたほうが都合がいいのである。


 そうしてなんとか弟を説き伏せ、司教の了解を得た上で、クリンたちはリヴァルを海底から救い出し帝国へ帰すことを決断した。



「……だが、リヴァリエの命を絶たぬことには泥人形は生まれ続けるのではないか?」



 皇帝からは当然の質問がぶつけられた。この短時間で要点を得ているのは、さすがである。



「心配には及びません。なぜなら儀式の代償として、この世から聖女の力が消滅してしまうからです。ラタン共和国の研究者がその事実を突き止めました」

「……」



 真実の中へ交えた小さな嘘に気づかれないよう、クリンは淡々と話していく。

 聖女の血に巣食う生命体のことは、隠し通すことに決めた。なぜなら帝国側がその生命体を利用し新たな生物兵器を開発しようと企てるかもしれないからだ。


 それからクリンは話を進めた。リヴァルは今、海底にいる。このまま聖女の力が消滅すれば海底で息絶えてしまう。だからネオジロンド側が彼女を救出し、帝国へ帰すつもりなのだと。


 そして巡礼を終え、司教が世界へこう告げるのだ。『聖女が無事リヴァーレ族の殲滅に成功した。ただしその代償として、世界中の聖女の力が消滅してしまったのだ』と。


 リヴァルは無事に故郷へ戻り、マリアは世界を救った聖女のまま、そしてネオジロンド教国はその力を犠牲にしてでも世界を救った英雄になる。

 美しいストーリーが完成し、誰ひとりとして犠牲になることなく、平和が訪れるのだ。

 帝国が戦争さえ止めてくれれば。



「だからお願いします。戦争をやめてください。聖女はこの世からいなくなります。もう争う必要はないんです」



 二度目の要求を述べて、クリンは固唾を飲んで答えを待つ。皇帝は目の前の水を一口含んだあと、おもむろに背もたれへ体をあずけた。



「穴だらけだな」

「……」

「互いのメリットのように話しているが、ネオジロンドが一方的に救われるだけでこちらにはまるで旨味がない。今さらリヴァリエが戻ったところでなんの意味がある。侮辱された皇室への償いはどうしてくれるんだ」



 やはり、返事はノーだった。しかしそれもクリンの想定内である。

 聖女がいなくなったところで、皇室から皇女を拉致した教国の罪が消えるわけではない。それについては、司教とも相談済みだ。



「それは、こちらを確認していただければわかります」



 クリンは司教から預かった白い封筒を皇帝へ見せた。側近がそれを受け取り、皇帝へと届ける。



「それは大司教フォルシエル様からの密書です。公式文書ではありませんが、停戦交渉の条件を先に提示したいとおっしゃっていました」



 内容はもちろん、クリンも確認済みだ。

 ネオジロンド側は投獄中の帝国軍捕虜を無条件で解放し、リヴァリエ皇女拉致に対する賠償としてリアルテ領とサジラータ領の領土権を永久的に譲渡することを約束した。

 もちろんこれは司教の一存で決められることではない。これはもともとミランシャ皇女を人質にして休戦へ持ち込もうとした教皇の案である。



「皇帝陛下さえ首を縦に振ってくだされば、教国側はいつでも交渉テーブルの用意があると言っています。両国の深い溝はすぐには埋まらないと思います。何もすぐに終戦しろとは言っていません。ひとまずは停戦を、それからは武力ではなく、対話で折り合いをつけていってほしいのです、両国の未来のために」



 クリンは言葉を終えた。最後の最後に帝国への大きなメリットを持ってきた。交渉の順序は間違えなかったはずだ。

 皇帝の沈黙は重たかった。答えを待っているこの時間がやたらと長く感じてしまう。


 やがて皇帝はゆっくりと椅子から立ち上がると、司教からの密書を破った。



「密書は届かなかった。仲介に来た使者はここへ辿り着かずに死んだらしい」

「!」



 皇帝は腰に下げていた拳銃を引き抜くと、その銃口をクリンに向けた。



「やめてください!」

「ミサキ、ダメだ」


 

 ミサキが慌ててクリンの前に立ち塞がる。しかし皇帝は娘を前にしても拳銃をおろすつもりはないようだ。



「両国のためだと? 笑わせてくれる。たった二つの領土でご機嫌を取れるとでも思っているのか? もともとネオジロンドの土地は大昔から我らが先住民の土地だ。魔女狩りから身を守るためにそこに勝手に踏み入ったのは奴らだろう。そのせいで我々は一年の半分も雪に埋まった過酷な大地に追いやられたのだ」

「……っ」

「ネオジロンドの奴らが全員その地を去って肥沃な大地を明け渡すか、さもなくば帝国の従属国と成り下がるというのなら話は別だがな」



 カチャリと、撃鉄を起こす金属音が響き、クリンはミサキの肩をつかんで後ろに下がらせた。ドクドク、ドクドクと心臓が鳴り響いている。



「やめてください、皇帝陛下! 教国側は五年間、わたくしを保護してくださったんですよ。身分を明かしたあとでさえも、わたくしを人質に取ることもできたのに、そうはせずにここへ帰してくださいました。その誠意に応えるべきではありませんか」

「黙れ。敵国の内通者と成り下がるなら貴様とて処分は免れんぞ」

「皇帝陛下!」

「ミサキ、下がれ!」



 なおも食い下がろうとするミサキを押さえこんで、クリンはこれから起こるであろう最悪の事態を予想し声を張り上げた。



「マリア、術を使うな!」

「!」



 すでに結界術を施そうと一歩踏み出していたマリアは動きを止めた。



「セナもジャックさんも、絶対に剣を抜いちゃだめだ!」



 自分たちは戦いに来たわけではない、戦争を終わらせるために来たのだ。どのみちここで戦って無傷の生還を果たしたところで、停戦交渉が決裂すれば意味はない。

 こちらの意図が伝わったのか、セナもジャックも鞘まで伸ばしていた手を、すんでのところで止めた。


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