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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第三十二話 ジパール帝国
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皇宮の中




「ジャックさんの様子は大丈夫だった?」

「まぁ、明るい顔色ではなかったけどな」



 久しぶりにセナと二人きりになった客室で、念のため声を落として尋ねる。ジャックと同じ馬車だったセナの言葉からは、彼がどんな様子だったかはよくわからない。

 ジャックにとってこの国は妹の首を切り落とした敵国だ。できれば連れて来たくはなかったが、彼の案内なしに帝国へ侵入することはできなかっただろう。


 そんなジャックは今は護衛騎士としてこの皇宮のどこかにあるミサキの部屋で待機している。もちろん侍女に扮するマリアも一緒だが、先にこの部屋に通された『御友人』である自分は彼女たちの部屋がどこにあるのかは知らない。

 無事に合流できるといいが……。



「それにしてもすげえ城だよな」



 セナののんきな声に視線をたどれば、目に入ったのは厳かでありながら軍事国家の権威を主張した威圧感のある室内。きらびやかなインテリアとは対照的に、窓には侵入防止の鋭利な柵がはめられ、ドアは防弾仕様。もちろんデザインはそれなりに華美ではあるが、客室のはずなのにまるで牢獄にいるような気分だ。



「本に出てきた魔王城みたいでワクワクするよな」

「……」



 弟がアホでよかった。おかげで少しは緊張感を和らげることができた。



「待っている間、暇だな。勝手に廊下に出たらヤベーかな」

「さすがにまずいだろう。おまえの能天気さには敬意すら感じるけど、今はおとなしくしとけ」

「クリンこそ、さっきから顔が硬いぞ」

「当たり前だろ。ここは軍事国家だぞ、会うのは皇帝陛下だぞ、話すのは国家間の停戦交渉だぞ」



 抱えたプレッシャーが可燃材料となり、徐々にヒートアップしてきた自分にセナが「落ち着け落ち着け」と両手を上げた。



「ゲミア民族の時に置き換えて考えろよ。アウェーな里の中で、里の長と不戦交渉したじゃん。まったく同じ状況だろ?」

「全然違うよ、バカ! たった四人の命と、大国ふたつの命とじゃ数も重みも違うっての」

「へー。おまえは命に『数』という優劣をつけるんだな」

「…………」



 ぐう、と口の中で唸ったら、珍しく言い負かせたことにニシシと笑っている生意気な弟。

 だがそう言われてみれば、見ず知らずの命よりも仲間三人を救うために必死だったあの時のほうが、よっぽど重圧感と孤独感を感じていたと思う。



「なんとかなるって。相手はミサキの父親だぞ、赤の他人よりマシじゃねーか」

「いやいやいや……だからこそ緊張してるんじゃないか」

「……」

「あ」



 思わず心の声を吐露してしまい、頭に浮かんだのは『娘さんを僕にください』と言うお決まりのアレ。

 その直後、セナの盛大に吹き出す声が室内に響いた。






 しばらく待つとドアをノックする音が響いて、入ってきたミサキの姿に、クリンはソファーからずり落ちそうになった。あのセナですら「へぇ」なんて声をあげている。

 

 金色の繊細な刺繍が施された赤い独創的なドレスは、今まで目にしてきたドレスなんかとは格がまったく違い、素人目にでもその上質感が伝わってくるほどだ。

 彼女の身体を彩るアクセサリーは、華奢な彼女のイメージに合わせた優しくも神々しい宝石が施されている。自分が贈ったチャチなイヤリングなど、今の彼女にはオモチャにすらならないだろう。

 何より頭上で輝きを放っているのは、プリンセスの証である黄金のティアラ。しかしこれもまた古来からの伝統なのか、幾つもの(かんざし)が半円を描くように立ち並び、きらびやかな金色のラインストーンが宙に揺れている。

 目の前の彼女の姿は、もうどこにもミサキの面影は残していないように思えた。



「すごいでしょ、ホンモノのお姫様だよ」

「やだわ、何も変わらないわよ」



 ミサキの後ろからひょこっと顔を出したマリアは、親友の出来映えに本人よりも得意げな様子だ。ミサキは照れくさそうに微笑んだあとで、まっすぐにクリンが腰かけるソファーの横へ並んだ。



「本当に、綺麗だね」



 ソルダートの屋敷では絶対に出てこなかった言葉がすんなりと口をついて出た。「ありがとうございます」とはにかんでいるミサキの笑顔は、やはりいつもの彼女だった。

 マリアは侍女の真似事が気に入ったのか、いそいそと紅茶を入れ始めている。入り口で待機をしているジャックの顔色は、さほど悪くはないように思えた。彼を気遣って目を合わせれば、「気にするな」とでも言いたげに涼しげな表情を返してくれた。



「夜の晩餐にご招待されるそうですよ。あなたがたは皇女を救った国賓としてもてなされることになりました」



 計画通りとは言え、ミサキのその言葉にはホッと胸を撫で下ろした。このまま交渉がうまくいけばいいのだが。



「ですが、皇帝は父である前に一国の王です。そこからの交渉は手厳しいものになると思います。司教さんのお手紙がどのような効果をもたらすかもわかりませんし……」

「わかってる。でも……やってみるよ」

「最悪は……私がここに残って父を説得します」

「……」

 


 させるか、そんなこと。

 そう返しつつ声に出さなかったのは、口だけならなんとでも言えるからだ。



「それからみなさんにお願いがあるのですが……」

「なに?」

「ここはみなさんの育ってきたネオジロンドやアルバ諸島とは、少しだけ社会的な意識のズレが生じるかと思います。何を見ても聞いても……怒らないでくださいね」

「? どういう意味?」



 しかしミサキはそれ以上を語ろうとはせず、困ったように微笑んでいた。




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