帝都を目指す
「そこの一行、止まれ!!」
──きた。
山を下ってすぐの街道でさっそく帝国の人間と遭遇し、素直にその足を止めた。
二人組の彼らは、黒い軍服を着て長い銃を構えている。一人は若く、一人は壮年である。
「あやしい奴らだな。こんな人気のないところで何をしている」
壮年の男が狙いを定めるように銃の先端を左右に流していく。打ち合わせどおり、ミサキは何食わぬ顔で一歩前へ進み、その斜め前にジャックが立ちはだかった。
「銃をおさめよ。貴様はこのお方をどなたと心得ているのか」
「なんだと!?」
男は銃の狙いをジャックへ定めた。だが、いきり立ちながらもミサキの方へチラチラと視線を投げている。怪しいとは思いつつ、ここまで堂々としている自分たちとジャックの言葉に、もしかしたらという疑念が生じたようだ。
ミサキは片手でジャックを制した。
「これは好都合ですわ。帝都へ案内してくださるかたを探しておりましたの。あなた、名は」
いつもの穏やかなそれとは少し違う、隙を見せない凛としたミサキの声色は、どこからどう聞いても上級階級の風格だ。
しかし、その身なりはただの旅人風である。帝国の男はむやみに銃をおろしたりはしなかった。
「答える義理はない。ここは国境付近、あやしい奴は殺せと上官から仰せつかっている。殺されたくなければ貴様の方こそ名を名乗り、命乞いでもしてみせろ」
「無礼な」
「……」
ジャックのたった四文字の威嚇は効力を発揮し、男を押し黙らせることに成功した。
「このお方はヴァイナー皇帝陛下のご息女、ミランシャ・アルマ・ヴァイナー皇女であらせられる。皇女にこれ以上の侮辱行為は許さん。わきまえよ」
ミサキの名を聞き、男は明らかに動揺したようだった。一歩後ろにいる若い男に関しては、すっかり銃をおろしてしまっている。
「こんな装いでは信じていただけないのも無理もありませんわね。ですがわたくしが何者かは、帝都へご案内くださればわかることでしょう。もう一度お聞きしますわね。あなた、名は」
先ほどよりも温度の低くなったミサキの問いかけに、男は銃をおろして今度こそ名を名乗った。
近くの野営地から軍事基地をたらい回しにされた後、本領地を統治する領主の館へ招待された。
ここまでの間にミサキの知人に合うことはなかったが、どうやら本物であると向こうも確信を持てたらしい。館へ向かう馬車は必要性を感じないほど豪華絢爛な装飾が施されたものだった。
館の中から出迎えてくれた領主はミサキの顔を見るなりうやうやしく頭を垂れた。
「お久しゅうございます、ミランシャ皇女様。ご無事で何よりでございます」
「お久しぶりですね、オーリヤ子爵。お世話になります」
どうやらミサキの顔見知りだったようだ。領主と軽い挨拶を交わしたあと、すぐに屋敷の中へ案内された。ミサキとマリアは客室へ、クリンたちは隣の続きの間へ。
クリンの発案で、マリアはミサキの侍女に、セナとジャックは護衛騎士に扮することとなった。クリンだけは唯一ミランシャ皇女の友人ということで、仕える側ではない立ち位置にいる。
子爵の計らいにより、ミサキはそこでソルダートの屋敷の時と同じように身なりを整えてもらった。辺境の領主である子爵からすれば、皇室へ盛大に恩を売っておきたいところなのだろう。ネギを背負って現れたカモを手厚くもてなしたいようだ。その晩の夕食も見たことないほど豪勢なものだった。
身元が確かとなったことで、それから帝都までの道のりは順調だった。子爵が用意してくれた嫌味なほど豪華な馬車は、二つの領地を越えて帝都へ向かっているところである。一つ目の客車にはミサキとクリンが、二つ目の客車には侍従である三人が乗っている。
道中、クリンは触れたことのない文化に驚きの連続だった。
「あれがもしかして灯籠ってやつ?」
「ええ、そうです」
「本で読んだとおり、独創的な街灯だね。あれはなんていう植物?」
「竹です。東の方では竹林が広がっているんですよ」
「竹林かぁ……」
子爵の屋敷でも思ったが、この国は街灯ひとつとっても他国の様式とはまるで違う。和紙という素材で覆われた美しい室内灯や、赤・黒・金を基調とした建物。女性たちは皆、胸元で重ね合わせた袖の広い衣服を着用し、足首まである二股のスカートを履いている。奇抜な民族着だ。
「ここは田舎ですから、伝統的な風習が濃いのでしょうね。それでも、帝都はもう少しだけ国際的ですよ。貴族は皆、みなさんが見慣れたドレスを着用していますし。自国の文化に他国の文化を少しだけ取り入れるのが上流貴族の嗜みなんです」
「ふうん」
どの大陸でも多少文化の差はあれど、ここまで劇的に異なる文化を持つ国は珍しい。
緊張感を保ちながらも、クリンはミサキの生まれ育った国の文化に触れられることに、小さな高揚感を感じていた。
遠くに見える山々は真っ白だった。ジパール帝国は一年の半分が雪に埋まると聞いたことがある。これがただの旅行だったら、セナは大喜びしただろうに。