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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第三十一話 聖女マリアと青き騎士
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最後の星空鑑賞会


 太い樹に寄りかかり、二人は夜空を見上げた。今のセナではマリアを抱えて樹の上に登ることはできない。地べたに座って見上げた空は、生い茂る()の葉のせいで星がほとんど見えなかった。

 だが、互いに「帰ろう」という言葉はなんとなく出せずにいる。



「セナは、力がなくなって不安はないの?」

「あー。不便だけど、不安はないかなー」



 繋がったままのセナの左手を、マリアはにぎにぎと開いたり閉じたりして遊ぶ。時折ギュッと握り返されるのが楽しくて、嬉しい。



「怖くない……? 巡礼の試練」

「怖いって言ったら留守番は許されるんですか?」

「それはダメ」



 じゃ、なんで聞いたし。と笑いつつ、セナは質問に答える。



「他の聖女の騎士だってただの人間なんだから、これでやっと同じ土俵だろ。ジャックだってギンのおっさんだって普通の人間なのにあれだけ強いんだから、俺だって負けてらんねーよな」

「……そっかぁ」



 マリアの質問はそこで終わった。あいかわらず開いたり閉じたりする手の感触を受け入れながら、セナはちらりとマリアの横顔を盗み見る。

 おそらく質問の意図は、こちらへの心配が四割程度だろう。残りの六割に彼女の不安が潜んでいるであろうことを、セナは察していた。



「おまえは聖女でいたいんだろ? それなら迷う必要ねえよ。って言ってもクリンとミサキは手強いからな。二対二でもこっちは劣勢だぞ。……よし、ディクスを誘い込むか」



 いつもクリンに意向を任せていたセナが味方につくと宣言してくれたことに、マリアは密かに安堵する。

 ただ、聖女でいたいかという質問に迷わずイエスと返せるほど、マリアはもう何も知らない子どもではなかった。

 聖女故に苦しむ人々がいるということを無視はできない。



「わかっては……いるんだよね。本当の意味で世界を救うには、クリンたちの考えが正解なんじゃないかなって。でも……」

「今あるものがなくなるのは、怖いよな」

「……うん」



 返事とともに吐いたため息は、ずいぶん重苦しいものになった。感じているのは、自分の存在意義を失くしてしまうことへの恐怖だ。道しるべのない道など怖くて進めるわけがない。



「聖女じゃなくなったら……あたしはどう生きればいいんだろう。なんにも想像できないんだよね」

「……そっか」



 セナの相槌は短かった。否定の言葉が返ってくるのではと身構えていたが、しかし、そのあとに放たれたセナの声は底抜けに明るかった。



「じゃあ、考えるのやめようぜ」

「…………はい?」

「考えたって答えは出ねーよ。どうせなら楽しいこと考えようぜ」

「……楽しいことって」



 正直そんな気分ではないし、まるで自分の悩みを軽くあしらわれたような気持ちになって、マリアは唇を尖らせた。



「じゃあ楽しいことそのイチ。巡礼が終わって一番最初に食べたいものは?」

「なにそのバカっぽい質問」

「俺、唐揚げ。五秒以内に答えないとおまえのポニーテールをチョンマゲにします。はい、いーち、にー」

「えええええっと、フルーツいっぱいのケーキ」

「……そういやケーキ代返してもらってねえな」

「慰謝料だもん」



 納得いかねえ、と唸りはしたものの、セナはまた別の質問を用意する。



「次〜。旅行に行くとしたらどこの大陸で何をしたい? 俺、イオ大陸の雪山で雪遊びしたい。はい、いーち、にー」

「コスタオーラ大陸! 世界一綺麗な海で、泳ぐ練習をしたい」

「いいな。教えてやるよ」

「やったぁ」

「じゃあ次だ、新しい趣味に挑戦するなら、何をやってみたい? 俺、スポーツやりてえな。この力のせいで勝ってもつまんなかったけど、今なら全力で楽しめそうじゃん」



 なるほどと納得したはいいが、マリアは首を(ひね)らせる。新しい趣味なんて考えたこともなかった。少しゆっくりめのカウントダウンがゼロになるギリギリのところで、「お菓子づくり」と答えてみる。その顔に笑みが戻っていることに、マリア本人は気づかない。


 そこからも「習得できるとしたら何を学ぶか」「新しく出会うならどんな友だちがいいか」など、いくつか質問が続いた。「もし性別が変わったら一番最初に何をするか」という質問ではセナが下ネタに走りかけたのでゲンコツをお見舞いしておいた。なんとかチョンマゲは免れたが、そろそろ疲れてきた頃である。

 しかしそこでふと沈黙が訪れた。きょとんとセナを見やれば、視線を交えたセナはイタズラが成功したような顔をしていた。



「あるじゃん、いっぱい」

「……」



 言われてから、今までの質問が『未来』へつながるものだったということに気がつく。そして自分が頭の中から取り出した答えは、どれもが聖女でなくても叶うことだった。

 別方向から考えたことで、自ずと辿り着いてしまった答え。しかし相手の作戦にまんまとハメられてしまったという屈辱感が先立ってしまい、素直に受け入れられずにいる。


 どちらを選んでもいいと言いながら、セナの企みは結果的に兄をアシストするものだった。おそらく無自覚なのだろうが、だからこそタチが悪い。

 悔しくて繋いでいた手を放そうと思ったのに、セナは許してはくれなかった。



「ずるいよ、誘導尋問じゃん」

「ずるくてもなんでも、今の答えは、おまえ自身が用意したものだ」

「……」

「けっきょくさ、聖女であるかどうかなんて関係ないんだよ」



 マリアは腑に落ちない顔をしているが、セナにとっては解りきったことである。彼女が今まで見せてきた任務への責任感も、助けを必要としている人に迷わず手を差しのべる優しさも、目の前の困難から逃げない勇気も……全部がマリア自身のものだった。

 セナが彼女を好きになったのは、けっして聖女だからという理由だけではない。



「聖女じゃなくなったら、変わっちまうのか? ……そうじゃないよな。きっとおまえはなんにも変わらないよ。どっちを選んでも、おまえのままで生きていける」

「……」

「それでも自分の価値がわからないって言うなら、これから生きていくなかで探せばいいじゃん。人生の旅は長いんだからさ」



 セナの反対の手がポンポンとマリアの頭を撫でる。マリアはその温かさを素直に受け入れて、贈られた言葉を胸の中で反芻(はんすう)してみた。そうしたら、じんわりと瞼が熱くなってきた。

 漠然と抱えている不安が全部消えたわけではない。だが、心の中に確かに希望の種は植え付けられた。



「その長い旅に……セナも隣にいてくれるの?」

「まあ、しょーがねえなー。留守番禁止なんだろ?」

「うん」



 ふっと息を吐き出すように笑い合って、照れ臭さを共有し合いながらどちらからともなく肩を寄せ合う。



「ありがとう、セナ。……あたし、決めたよ」



 セナは「そっか」とだけ言った。

 見上げた空は木の葉に遮られてあまりよく見えなかったけれど、幸福という補正が働いたのか二人の目には眩い星々が浮かんでいた。

 二人にとって、これが巡礼最後の星空鑑賞会である。









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