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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第三十一話 聖女マリアと青き騎士
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約束


 セナにとって、それはなんの飾りっ気もなく贈られてきた言葉だった。受け取ったセナの心は一瞬だけ確かに飛躍したが、冷静さを取り戻したのは思いのほか早かった。上がるところまで上がったら突き落とされるのは、もうお決まりのパターンなのだ。



「あー。はいはい、わかってるわかってる。せいぜい大事にしてね。いつか給料ちょーだいね」

「……?」



 返ってきた反応が予想よりもあっさりとしたものだったので、マリアは肩透かしを食らった。「給料」という言葉にさらに疑問符は増す。



「え、待って。もしかして伝わってない……?」

「いーや大丈夫、わかってる。おまえが俺のこと騎士として信頼してくれてるのはちゃんと」

「ちが、違うわよ!」



 せっかく勇気を振り絞ったのに、あえて受け取ろうとしないようなセナの口ぶりに、マリアは落胆と同時に怒りが込み上げる。



「騎士としてじゃないもん。ちゃんとセナが好きなんだもん」

「……」



 今度こそと思ったが、それでもセナの目は胡乱(うろん)げだった。



「……や。だっておまえ……」

「なに?」

「おまえ、ちゃんと意味わかってる? 俺のそれ(・・)とおまえのそれ(・・)が同じ意味だとは思えないんだけど。俺、もうこれ以上へこみたくないし。だから二度とこの話はしないって言ったのに」



 マリアは知らないが、セナは幾度となくこの恋心に翻弄されて、あるいは打ちのめされてきた。出生のことも含め、苦しみは積もっていく一方だった。「どうせ死ぬかもしれないし」──なかば投げやりになっていることも自覚した上で、もうこの恋心に終止符を打とうとすら思っていたのだ。



「それに……普通の人間じゃないんだぞ、俺」

「……」



 夜風に乗って届いたセナの声は、珍しく消え入りそうなほど弱々しかった。マリアはその言葉の意味を理解し、胸の高鳴りが一気にしぼんでいくのがわかった。と同時に言い知れない感情が腹の底から沸き上がってきた。

 突如、マリアが手のひらに光を生み出して睨んできたので、セナは身の危険を感じて後ずさった。



「待て待て待て待て! 今なら確実に死ぬぞ俺」

「死なない程度にやればいいのね?」

「いいわけあるか!」

「普通じゃないから、何? 今のってセナのこと大事に思ってる人に対してものすごく失礼だと思う。二度と言わないで!」

「わかった、わかりました、すんません」



 両手をあげて降参のポーズをしたままセナは素直に謝罪した。

 マリアは手の上で煌めく光をおさめつつ、このままでは自分の告白までもうやむやになってしまうと思い直し、なんとか彼に想いが伝わらないだろうかと言葉を探した。



「あたしは、セナの強いところが好きだよ。カッコいいと思う、うん。誰に対しても態度が変わらないのとかすごいと思うし。時々ヒヤヒヤさせられちゃうけど、頼もしいっていうか。そう、セナといると心強いんだ。安心する」

「……それって騎士とは違うのか?」

「それは、わかんないけど」



 まだこの恋は自覚したばかりだ。なにが正解なのかなんてマリアにはわからない。

 しかし、マリアにとって騎士とは命を預ける大切な存在だ。むしろ好きでもない男に簡単に身を預けるほうが理解に苦しむ。セナが騎士になってくれなかったら、この恋心は生まれなかったかもしれない。



「あたしの特別はセナだけだし、セナの特別もあたしがいい。それじゃダメなの?」



 というより、なけなしの勇気がしぼんでいきそうだから、そろそろ受け取ってほしい。セナならてっきり喜んでくれると思っていたのに。

 そう思って、マリアの眉はどんどん下がっていく。



「……ダメじゃ、ない」



 セナはようやく彼女の想いを咀嚼した。

 にわかには信じられなかったが、それでもマリアが自分のことを精一杯考えてくれたという事実は確かなようだ。もうむりやり感情を抑え込む必要もない、思いのままに心を開放していいのだと知って、この胸にじんわりと熱が灯る。



「俺も」

「……」

「俺も好きだ」



 想いを乗せた言葉は、マリア同様に飾りっけのないものだった。だがそのほうがよっぽどセナらしく、そしてマリアの胸にダイレクトに届けるには十分な言葉だった。この告白は、事故(・・)じゃない。マリアにはそれが何より嬉しかった。



「うん」

「……うん」



 互いに心の内を見せ合って、数秒。襲いくる気恥ずかしさを逃すように、どちらからともなく笑いをこぼし合う。

 照れる。その一言に尽きた。



「やべぇ……嬉しすぎて心臓止まりそう」



 遅れてやってきた幸福感を噛み締めながら、セナは一歩前へと踏み出し、マリアとの距離を詰める。

 おそるおそる両肩を包み込めば、息を飲んだマリアがぴたりと硬直したのがわかった。だが振り払われることはなさそうだ。

 触れた箇所から伝わる相手の温度に、互いに心臓がおかしくなりそうなほど暴れ狂っている。


 身長差は約二十センチ。自然と見上げる形になったマリアの顔に、セナは自身の影を落とした。



「……していい?」

「だ、ダメ!」

「ふぐっ」



 いち早くセナの言うその先(・・・)を理解し、マリアは慌ててセナの口を片手で塞いだ。



「ムリ! 恥ずかしい!」



 塞いだ口から、セナのもごもごと非難めいた声が漏れる。振動が伝わって手のひらがくすぐったが、マリアは手を放すことなく続けた。



「だってだって、心臓がドコドコボカーンってなりそうなんだもん! 巡礼の試練よりも命が危ないんじゃないかなコレ」



 変な擬音語を創作しながら力の限り拒絶していると、セナにあっさりと腕を掴まれ、二人の間を阻むものがなくなってしまう。視界いっぱいにヘソを曲げたようなセナの顔が映ったが、これ以上先に進んだら間違いなく体のどこかが壊れるはずだ。

 しかしセナは強引に奪うようなことはしなかった。



「じゃあ巡礼が終わったらしていい?」

「……」



 その意味を理解してマリアの心臓は再び変なふうに蠢いたが、一度だけ小さく頷きを見せた。カチンコチンに固まってしまって、それ以上の動きはかなわなかったが。



「……ふーん……」



 息を吐き出すような小さな呟きとともに、セナはマリアの両腕を解放した。

 怒らせてしまっただろうか、と一抹の不安がマリアの胸をよぎった、その瞬間。セナの両腕が腰へと伸びてきて、マリアの体は勢いよく上へと持ち上げられた。



「ひゃあっ」

「ははっ、やったぁー!」

「ちょ、ちょっと」

「約束だからな、絶対だぞ!」



 そこから水平にぐりんと一回転。足が宙ぶらりん状態になって、マリアは悲鳴をあげることも忘れてセナにしがみついた。

 やっとのことで着地したと思ったら、今度はすっぽりとセナの体温に包まれる。



「俺、巡礼が終わっても絶対死なない。ここで死ぬのはもったいねーよな。ぜってー生き抜いてやる!」



 ぎゅうぎゅうに抱きしめられたせいで息もできなくて、むしろこっちが死んでしまうのではとマリアは思ったが、セナの喜びが全身から伝わってきて抵抗しようとは思えなかった。

 死を覚悟していた少年は、もういない。自分の存在がセナの生きる希望になったのだろうか。そんなふうに思えたら、この胸を幸福感が満たしていった。また目頭が熱くなって涙が溢れたが、この涙は止めてしまいたくないなとマリアは思った。





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