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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第三十一話 聖女マリアと青き騎士
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鬼ごっこ


 マリアはリンドワ王国にいた。

 ここにはセナが初めて騎士になってくれた教会がある。さすがに用事もないのに教会に入るわけにはいかず、涙をぬぐったマリアはひとまず落ち着くためにケーキ屋へ入った。ミサキがセナに『騎士のフリをしてくれ』と頼んだ店である。


 窓際の席に腰掛けて、注文したケーキを一口頬張る。白い生クリームの上にフルーツがふんだんにトッピングされており、店内の照明を受けてキラキラと輝く様は宝石のようだ。

 きっとここにセナがいたら勝手につまみ食いをすることだろう。そこまで想像したら、ケーキの味がわからなくなった。

 とてもじゃないが味わえる気分ではなく、マリアはフォークを置いてぼんやりと店内を眺める。他の客が使っているのか奥の個室の扉は閉まっていた。

 あの部屋で貸し三つを条件に騎士を依頼した。あの時は『こんなサルに頭を下げるなんて屈辱だ』なんて考えていたけれど……今は、もうあの人以外に命を預けたいとは思わない。


 ショックだった。セナが死ぬかもしれないという事実にも驚いたが、それ以上に彼があんな簡単に騎士をおりると言ったことに衝撃を受けた。

 あの言葉が自分を守りたいがために言ってくれたものだということは、マリアにだってわかっている。だが、なぜかとてつもない裏切り行為をされた気分だ。

 しばらく顔も見たくない。心の中でそう毒づいて、フォークをやや乱暴にケーキへ突き刺す。大きくカットした一切れを口に運んだその時、入り口のドアが勢いよく開いた。



「やっと見つけた!」



 店内に響き渡るほどの大声を上げながらこちらに向かってくるのは、今しがた顔も見たくないと思っていた相手。突然舞い込んできた嵐に、店内にいる人々はあっけに取られているようだ。


 ディクスはマリアの力を探知できない。そのせいで、そうとう探し回ったのだろう、セナの青い髪から汗が滴っていた。

 ホッとしたようなその顔を見た瞬間、怒りのバロメーターは最大値を振り切ってバリンと割れた。ケーキを口に突っ込んで、会計伝票が挟んである革製バインダーを手に取る。それを力の限り投げつければ、気持ち良いくらい真っ直ぐに飛んでいって、ヤツの顔面にヒットした。



「痛てっ」

ごひほーはあ(ごちそーさま)!」



 すかさず立ち上がり、マリアは術を使って逃げる。ケーキの(おご)りなんかじゃ、腹の虫はおさまらないが。





 

 幸いにもディクスはセナと感覚がつながっているため、セナの行ったことのある場所へ飛ぶことができた。精度こそ正確とまではいかないが、まあまあ近い場所に飛んでくれるので、あとは聞き込みとひたすら足での捜索だ。

 しかしマリアが好きな場所など、聞いたことはない。アテと言ったらプレミネンス教会の小屋だが、シェルターが張られているため今は戻れない。手がかりゼロの状態で、出会った港町から順を追って飛んでいった。そしてとにかく探す。ひたすら探す。ただでさえ骨が折れる行為だというのに、今はリヴァルの力が弱まっている。セナの体は疲労感でいっぱいだった。


 二度目に彼女を見つけたのは、コスタオーラ大陸だ。巡礼から逃亡したアレイナが身を潜めていた小屋である。セナはソファに腰を下ろして膝を抱えているマリアを発見した。



「てめえ、ケーキ代返せコラ!」



 今度こそ逃げられないように掴みかかったセナへ、マリアは「いやーっ」と炎の玉を投げてきた。「うおっ」と反射的に避ければ、それは壁に当たってジュッと焦げた。



「うおぉい! 殺す気か!」

「来ないでよ、バカ! 大嫌い!」



 腕を掴み損ねてしまったせいで、けっきょくマリアはまたどこかへ消えてしまうのだった。







 三度目の正直で今度こそ捕まえたいと思ったのは、セナにとって思い出深いこの場所に彼女がいてくれたからだ。

 大きな樹に寄りかかり膝を抱えているマリアの後ろ姿が見える。ここはゲミア民族の里。里から少し離れたあの大きな樹に登って、二人で星空観賞会をした。あそこでセナは正式に彼女の騎士となった。

 おあつらえ向きに、今は夜。何時だかは知らないが、この暗闇は身を潜めて近づくにはちょうどいい。



「ディクスも疲れただろ。先にクリンたちのところに戻ってくれ」

『ま……逃げ……ら?』



 雑音が入り交じったような途切れ途切れの声は、まだ慣れない。

 また逃げられたら? 今度こそ逃がすものか。

 セナは苦笑しながらディクスの頭をポンと撫で、小声で言った。



「もし三時間経っても戻らなかったら、迎えに来い」

『わ……た』



 了承とともに、ディクスは消え去る。三時間も謝り倒せば、さすがに許してもらえるだろう。

 さて、とセナはマリアの背中をとらえた。音もなく茂みから飛び出して、真横から一気に距離を詰める。



「捕まえた!」

「ひゃっ」


 

 不意をつけば、鈍くなったこの体でもマリアを捕獲することは簡単だった。

 タックルに似た動きで羽交い締めにすれば、マリアは当然激しい抵抗を見せた。



「いやーっ、放して、このヘンタイッ」

「逃げんなコラ! ディクスがいないんだからな。逃げたら俺はこの里で暮らすことになっちまうぞ、いいのか!?」

「知らないわよサル! 野猿のくせに人里で暮らそうだなんて図々しいわね!」

「んだとコラ!」



 ギャアギャア喚いたせいで、目を覚ました野鳥が飛び立っていく。

 セナはマリアの両腕をしっかりと掴んで、真正面から覗き込んだ。触れてさえいれば、移動の術で逃げられることはない。



「話くらい聞けって! ちゃんと謝らせろよ」

「謝って済むと思うな、裏切り者! うそつき! バカ、サル!」



 サルは関係ねーだろと思いながらも、余計なことを言って火に油を注ぎたくないので、セナはもう一度謝罪した。



「わかった、わかったから。俺が悪かった」

「……」

「ごめんな」



 マリアはようやく大人しくなった。口先だけの謝罪だったら今度こそ術をお見舞いして逃げてやろうと思っていたが、セナの瞳は予想以上に誠実だった。


 彼女に逃げる意思がないことを確認し、セナはその場に腰をおろした。掴んだ両腕はそのままに彼女と向かい合えば、少し距離が離れたせいで、ぬるい夜風が二人の間を通り抜けていった。



「一蓮托生って言ったのに……。うそつき」

「うん」

「無責任男。薄情者。人でなし」

「うん」



 どんな罵倒も素直に聞き入れようと、セナは覚悟した。しかし、大粒の涙がマリアの頬を通過したのを見て、どんな言葉よりも耐え難い痛みに襲われた。


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