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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第三十一話 聖女マリアと青き騎士
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揺らぎ


 ぴしりと硬直してしまったクリンを見て、セナは苦笑した。



「知ってたよ。俺は儀式が終わったらどうなるかわかんないだろ? 最悪は死ぬかもしれないんだ」

「……」



 クリンは押し黙る。まさかセナがそのことに気づいていたとは思わなかった。

  


「まあ、今は輸血のおかげで多少は抑えられてるのかもしれないけど、俺の血の中にリヴァルの力が含まれている以上、なんにもないってことは考えられない。うまくいく保証なんてどこにもない。それはそれで仕方ねえかなって……覚悟はできてるんだ。それはディクスだって同じだろ。ま、兄妹一緒にっていうのも悪くはねえさ」

「……セナ」



 何か言い返してやろうと、クリンは思った。そんなこと言うなよ、と。まだ諦めるなと。だが言葉は出なかった。根拠のない慰めなど、なんの希望にもなりはしないのだ。

 そんな兄とは対照的に、セナはすべてを受け入れた表情で、そこから一歩先の不安を口にした。

 

 

「ただもし俺が戦えなくなったら……儀式のあとで、あのポンコツを守れるやつがいなくなる。……そっちのほうが選択うんぬんよりよっぽど問題じゃん」

「……」



 マリアが前者を選んでリヴァルの命だけを絶ったら、彼女は教会から処分されてしまう。たとえば後者を選んでも、聖女の力を消滅させたマリアは責任を追及されるだろう。身柄の確保だけで済めばいいが……最悪は処刑されてしまうかもしれないのだ。

 彼女を守れるのは、騎士であるセナしかいない。



「それは……僕も考えてた。もちろんセナが無事でいてくれることが何よりだけど……ごめん、その時のことを考えると怖くて……後回しにしてしまった」

「いや……」



 クリンの謝罪を受けたあと、セナは目を伏せて最初の質問に戻った。



「俺にとっては儀式の選択なんてどうでもいいんだ。あいつが笑って生きていけるなら、なんだっていいよ。あいつの望むほうを選べばいいと思う。……でも、その『先』を守ってやれねえのは……ちょっと、な」

「……」



 セナは言い淀み、数拍置いたのち決意を口にした。



「だからさ……さっき、ちょっと思い浮かんだけど……」

「何を?」

「騎士を、ジャックに頼むっていう手もあるんじゃねえかなって」

「……はぁ?」



 何をバカなことを、と口から罵倒が飛び出そうになったところで、ドスンと鈍い音が客車の外で聞こえた。

 クリンとセナは顔を見合わせ、そのあとでドアを見る。異変を感じ取ったセナが慌ててドアを開ければ、客車のステップから転げ落ちたのか、地面に膝をつくマリアの後ろ姿が確認できた。



「おまえ……」

「……っ」



 振り向きざまにキッと睨んだマリアの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。その涙を見て、セナは自分が盛大な過ちを犯したことに気がついた。



「まさか、今の話……」

「あんたなんか大っ嫌い!」



 吐き捨てたと同時に、マリアは一瞬で姿を消した。



「マリア!」



 クリンの声は彼女に届くことなく、宙へと彷徨う。

 まさか聞かれていたとは思わなかった。



「追いかけろ、セナ!」

「え、でもどこに……」

「ディクスに頼み込んで四方八方探し回ってこい! 早く!」



 クリンの怒声を聞きつけて、ミサキとディクスが怪訝そうな表情を浮かべながら客車へ戻ってきた。この調子ならば、ジャックも異変に気づいていることだろう。ミサキはマリアがいないことにいち早く気づき、キョロキョロと周囲を見渡している。



「いや……俺が迎えに行くのは逆効果だろ。騎士をおりるって話で怒ってるんだろうし」

「だからこそお前が行って謝るべきだって言ってるんだよ、このバカ!」

「バ……」



 あいかわらずドストレートに罵られ、セナは何か一言言い返してやろうと思ったが、兄の剣幕にその言葉は飲み込まれてしまった。



「おまえの言葉はただの責任放棄だ。マリアがどれほどおまえに信頼を寄せていると思う。それなのに最後の最後で裏切るようなこと言うなよ、特に今のこんな時に!」

「……悪い」

「僕に謝ってもしょうがないだろ。いいから行ってこい、早く!」



 パシッと背中を叩かれて、セナはようやく客車を降りてディクスとともに去っていった。それを見送ったミサキの顔色は真っ青だった。



「マリア……」

「大丈夫だよ、ミサキ。セナが必ず連れて戻ってくるよ」

「私のせいかもしれないんです。私が余計なことを言ってしまったから……」



 彼女はぽつりぽつりと、マリアとの会話を振り返った。



「マリアを追い詰めてしまったんだわ……。セナさんだけのせいじゃない。……あの子が戻って来なかったら、私……」

「違うよ、今のは完全にセナの失態だ、ミサキのせいじゃない。大丈夫、マリアは強い子だろ、必ず戻ってくるよ」



 ミサキの心境を思えばマリアへの説得は仕方のないことのように思う。むしろよくここまで留めておいてくれたものだ。

 いったん客車で落ち着いてもらおうと、彼女の手を引く。しかし彼女はその手をゆっくりと解いた。



「クリンさん。どのみちマリアが戻ってきたら……私たちは選択をしなければいけません。その『先』のことを……本当は考えていらっしゃるんじゃないですか?」

「……ミサキ」

「クリンさんだって……本当は」

「やめてくれ」

「……っ」



 ぴしゃりと拒絶したクリンの声に、ミサキの肩は少しだけ跳ね上がる。



「僕、セナの服を洗ってくる。ミサキは客車で休んでて」



 謝罪も弁解も省いて、クリンは彼女をその場へ置き去りにした。セナの洋服を客車から運び、ジャックのいる泉へと向かう。ジャックは一度だけこちらに視線を投げてきたが、何も聞いてはこなかった。


 ミサキが客車へ戻っていくのを視界の隅で確認しながら、セナの洋服を丁寧に水に浸していく。晩秋の水は想像以上に冷たかった。




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