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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第三十一話 聖女マリアと青き騎士
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目の前の戦禍

 

 オアシスに戻ってきたセナたちを見て、クリンたちは安堵と同時にギョッとした。マリアが思わず駆け寄るほど、セナの衣服は血に塗れていたのだ。



「セナ、血が出てる!」



 しかし本人はケロリとして、マリアの手が汚れてしまわないようヒョイっとかわした。



「俺の血じゃねーよ。汚ねえから触るなって」

「怪我はないんだな?」

「ねえよ、全員無事だ」

「それはよかった……。ジャックさん、ありがとうございました」



 クリンが礼を言って振り返れば、しかしジャックもディクスも、セナほどではないにしてもずいぶんと足元が汚れているようだ。三人の様子を見る限り、戦場でたくさんの血が流れたのだと推測できる。ミサキは戦地のほうを見た。

 


「戦場は……ひどい有様だったようですね」

「そりゃまあ、な。怪物に襲われるのとはワケが違うし、胸くそワリーもんだったよ」

「……どちらが優勢でしたか」

「さあな。俺たちが現れてからは両軍とも膠着(こうちゃく)状態だった」

「そうだな、手を取り合ってリヴァーレ族を撃退するような雰囲気ではなかったな」



 セナのあとにジャックも続く。ここからではその様子を見ることはできない。だが、想像には容易かった。



「この後も……続くのでしょうか。どちらかが撤退するまで終わらないのでしょうか」

「終わらないだろうな」

「……」



 ジャックの返答は身も蓋もないものだったが、おそらく正しい。戦争に時間切れというルールは存在しないのだ。どちらかの命が尽きるまで、あの戦地が静まることはないのだろう。



「ごめんね、マリア。あなたの仲間たちが……」

「ミサキ……」

「ごめんなさい……」



 ミサキの横顔に、涙は見られなかった。

 マリアは彼女と手をつなぎ、その首を力強く振った。ミサキが悪いわけではない。かえって謝りたいのはマリアのほうだ。

 戦争の火種を撒いたのはプレミネンス教会である。教会がリヴァルを略取さえしなければ、帝国が戦争を仕掛けることはなかったのだから。

 この世から聖女がいなくなれば、戦争は終わるのだろうか。だけどそれは……自分がただの人間になるということ。



「俺、着替えてくる」



 セナの声に我に返れば、彼は戦局には興味がないとばかりに颯爽(さっそう)と客車に乗り込もうとしていた。どうやら客車の中で着替えをするようだ。

 クリンはセナを案じて中へと続き、ジャックは靴を洗うため湧き水を汲んだ。ディクスはミサキとマリアの横で二人の様子を見守っている。

 


「……ねぇ、マリア」

「ん……?」

「もしも最後の巡礼であなたがリヴァルさんの命を絶ったら、帝国はきっとあなたを許さないわ。私は……それが何よりもおそろしいの」

「ミサキ……」

「お願いだから後者を選んで。もう……母国がこんな暴虐を繰り返すのは嫌。あなたが殺されてしまうのはもっと嫌。だから……」

「……」



 ミサキは途中で言葉を切った。マリアがまた泣きそうな顔をしていたからだ。



「ごめんなさい。私……ディクスのお洋服を洗ってくるわ」

「うん……」



 そこに残されたマリアは一人、ため息をこぼした。考えても考えても辿り着けない答えに、頭を抱えたくなってしまう。

 いや。自分でも、どの答えを選ぶべきか漠然と理解はしているのだ。だが、どうしても心がついてこない。自分に聖女の力がなくなってしまうのはおそろしい。そのあとでどうやって生きていくのか、何一つ想像ができないのだ。


 そういえばセナは、大丈夫だろうか。彼とは同じ力を持ちながらも立場は対極だった。もともとの彼は力を失うことを望んでいたはずである。

 だが、実際にその状況に陥った彼はひどく狼狽(ろうばい)した様子だった。

 彼の言葉が聞けないだろうか。





 客車の中ではセナが汚れた洋服を脱いでいた。顔色は悪くないが、機嫌はあまり良くなさそうだ、とクリンは考察する。



「体調は平気か? ほんのわずかな違和感でも報告してくれよ」

「……うん」

「輸血をやめるなんて言うなよ」

「わかってる」



 セナだってリヴァルの手中に戻りたいとは思わない。彼女から解放されるためには致し方ないということもわかっている。



「でも……俺が使い物にならなきゃ戦力的には痛手だよな」

「そうだな……早く巡礼の地に着けばいいけど」

「着いたところでうちの聖女様があのザマじゃな」

「……それは」

「ま、こればっかりは急いで答えを出すようなもんでもないし、しかたねえか」

「……」



 よくもまあ、淡々とできるものだ。なかば呆れながらも、クリンはそんなセナにふと疑問が浮かんだ。

 彼は選択の件に関して、驚くほど『無関心』を決め込んでいる。セナの気持ちを推し量れば、マリアとの未来が明るいほうを望みそうなものなのに。

 彼らの微妙な関係は、ミサキから話を聞いて知っている。その柔らかい部分に踏み込むのは忍びなくて、今まで様子を見守ってきたが……。



「セナは、巡礼のこと……本当に何も意見がないのか? どっちがいいとか、どうしてほしいとか」

「なんだよ急に」

「いや……。ここだけの話でいいから、聞きたいなと」

「んー」



 セナはちょっと困ったように笑った。



「どっちでもいいや、そんなの」

「そんなの……って。大事な問題だろ」

「そうかもしんないけど、そのあとにもっとデカい問題が控えてるじゃん」

「え?」

「その選んだ未来って、俺は見られるかわかんないんだろ?」

「……」


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