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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第三十話 ネオジロンド教国
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苦戦


 コリンナの実験が功を成したとわかってクリンの胸は震える。

 そもそも兄弟二人が旅に出たきっかけは、セナの不思議な力を調べ、治療をすることだった。それがついに解決できる時がきたのだ。喜ばずにいられるだろうか。



「セナ、よかっ……」

「よくねえだろ」

「え……」

「よくねえだろ、こんな時に。なんで今なんだよ……、これじゃ戦えねえだろうが!」



 一番その力で苦しめられていたはずなのに、セナはこの事態を素直に受け入れることはできなかったようだ。考えてみれば、それもそのはずである。彼はその高い身体能力を駆使してさまざまな戦闘を乗り越えてきた。通常時ならばこの解決も喜ばしいことだろう。だが今は戦闘中なのだ。



「いや……。動くしかねえよな。ディクス、もう一度いくぞ」

「セナ、無茶だ」

「そうだよ、このままじゃリヴァルさんに捕まっちゃうよ」



 ディクスは首を振り、クリンとマリアがセナを引き止める。



「じゃあ、リヴァルを放置しろってことか? 多くの人が殺されていくのを黙って見てろって言うんだな?」

「そうじゃない。そうじゃないけど……」

「ディクスが行かねえなら勝手にしろよ。俺は一人ででも行く」



 クリンたちの制止を振り切って、セナは自身の足で戦地へ戻ろうとした。が、その前をジャックが立ち塞がった。



「弟くん一人に何ができる。母君に捕まってしまうのが関の山だろう」

「おまえに関係ねえだろ。どけよ」

「俺には関係ないが、君のことを案じてくれるご家族がいるんじゃないのか。俺はクリンと君の父君に、子ども達を頼むと申しつけられた。このまま黙って行かせるわけにはいかないな」

「じゃあどうしろって言うんだ? 一緒に来てくださいって泣いてすがれば手伝ってくれるのか?」

「まあそれも見ものではあるが。頼まれずとも、俺も行く」

「……はぁっ?」



 予想外の言葉に唖然(あぜん)とする一行に、ジャックは再び同じ言葉を言った。



「俺も弟くんと一緒に行こう。クリンは馬を頼む。マリア殿には、ここで皇女の護衛を任せたい」

「で、でもジャックさん……」

「俺の腕では不足か?」

「そんなことはありませんが」



 そりゃあ、ジャックが居てくれるなら心強い。クリンはけっきょく、引き止める言葉が出てこなかった。

 ディクスはジャックがいるならと受け入れ、セナの怪我を治療した。セナ自身、腑に落ちない顔をしながらも、結果的にリヴァーレ族を退治できるならばジャックの同行は願ったり叶ったりだと思い直したようだ。


 仕切り直しをして再び戦場へ向かった彼らを見送るなり、ミサキが騒音の発生源を眺めながら声を落とした。



「あの向こうに……サジラータ領があるんですよ」

「……」



 ああ、だからか……。

 クリンはその言葉を飲み込んで、ミサキの視線を辿った。戦場の先に、ジャックの故郷がある。彼はほんのわずかでもその目に故郷を納めたいのかもしれない。

 ふとミサキの横顔を盗み見る。彼女はどう思っているのだろう、その横顔からは何も読み取れないが、あえて何も聞いたりはしなかった。






 まるで重力が増したようだ、とセナは思った。目標に向かって土を蹴っても、空は遠く、はるかに及ばない。腕の動きは()びついたブリキのように鈍く、投擲(とうてき)したダガーは奴の顔までは届かない。


 おとりであるセナがその役割を全うできないせいで、赤い石を捜索するべきディクスがセナのサポートに回らなければならず、戦いは長期戦へと突入していた。

 しかし二人だけで戦っていた時とは違い、今はジャックがいる。セナが変わらずにおとりを、ディクスとジャックは赤い石の捜索をしつつセナのサポートを引き受けることとなった。


 巨大な泥人形は、すでにセナの異変に気づいているようだった。その顔は無表情であったにも関わらず、手負いの獲物を追い詰めた獣のような優越感が滲み出ている。


 ここが何もない平地ならば、まだ戦いやすかった。しかし後ろへ下がれば赤い血溜まりに足を滑らせ、横へ飛べばかつて人だった物体の上に足を取られる。

 そう、ここは戦場のど真ん中なのである。北では帝国軍、南では教国軍が群れをつくり、この戦いを遠巻きに見物しているようだった。あるいは負傷者に治療を施し、上官と思われる者たちはこの戦況をどう利用するか戦略を立てている。

 今のところ両軍に動きはないが、しかしセナはシグルス大国で被弾した経験則から、彼らを無警戒でいるわけにもいかず、精神的に疲弊する一方だった。



「うわっ」



 死体に足を取られて、派手に転倒してしまった。それを好機とばかりに、泥人形の手が伸びてくる。



「……!」

「弟くん!」



 間に合わない。そう思って歯を食いしばったセナの元へ、黒いダガーが風を切るほどの速さで飛んできた。それは今まさにセナを包み込もうとする泥人形の手の甲に突き刺さり、動きを封じた。先ほど投擲(とうてき)したまま拾えずにいたダガーが、ジャックのおかげでようやく戻ってきたのだ。

 セナはダガーを引き抜くと、目の前の巨大な手のひらを真横に切り裂いた。腕力に頼れない今、『太刀筋を意識しろ』という師匠の教えに従ってみるしかない。切っ先で一線を描くように刃を薙ぎ払えば、小気味良い感触が手のひらに伝わって、巨大な手首は綺麗な断面図を見せて飛んでいった。



「はぁ……くそっ」



 体力まで削り落とされてしまったのか、やたらと息が上がる。立ち上がりながら、肩で呼吸を整えた。これ以上戦闘が続くのはまずいと焦燥感にかられた時、ディクスが泥人形の足を切り落としたのが見えた。勢いよく真横に倒れた泥人形に、今度はジャックが飛びかかり、泥人形の右肩を剣で突き刺す。そこに潜んだ赤い石は見事に砕け散り、ジャックが飛びのいたタイミングで巨大な塊は形を失う。周囲に砂化粧が舞った。



「くそっ……いいとこナシだ」

「無事だっただけで御の字だろう」



 乱暴に汗をぬぐったセナのもとへ、ジャックが剣を鞘に収めつつ小走りで駆け寄ってきた。双方の兵士たちから警戒の色が伝わってくる。彼らが動き出す前に撤退したほうがいいだろう。

 移動の術を使おうと待機しているディクスへ触れようとしたところで、ジャックは北のほうへ視線を投げた。はるか遠くに灰色の要塞壁が見える。国境を守っていた要塞都市サジラータ。都市を囲う石壁は、あんな色だっただろうか。



「おい」

「ああ、すまない」



 セナの声に我に返って、ジャックは視線を戻した。所詮(しょせん)は故郷を捨てた身だ。ジャックはもう振り返らなかった。





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