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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第三十話 ネオジロンド教国
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セナの異変

 

 数日が経過し首都プレミネンス領を抜けても、景色はしばらく荒野が続いた。途中で見つけたオアシスで馬を休ませ、クリンとセナは客車の中で日課の輸血を施していた。実家で何度も練習したおかげでクリンの手際の良さはなかなかのものである。

 窓の向こうには、湧き水を飲む馬を観察するディクスの姿が見えた。ミサキとマリアは衣類を洗っており、ジャックは少し離れたところで剣の素振りを行っているようだ。



「どこにも異常ナシか?」

「んー」



 一応、輸血の際には問診を行っているが、結果は毎回「問題ナシ」の定型文だ。しかしお決まりのやりとりを交わしながらも、今日のセナの表情はどこか浮かない。そういえば、昨日も返答じたいは変わらないがその表情はわずかに困惑した様子だった。



「何か変化があったのか?」

「いや……」



 隠しているというより、本人も説明しがたいようだ。首をかしげ、何やら思案げな様子である。



「別にたいしたことじゃねーんだけど……さっきディクスと話した時にさ」

「うん」



 器具を洗浄しながらセナの言葉を待っていると、遠くのほうで地響きが聞こえた。



「! なんだろう?」



 とクリンが声を発したところで、客車のドアが乱暴に開いた。開けたのはディクスだったが、中に入ってくるつもりはなさそうだ。



「リヴァーレ族だな?」



 あの地響きの正体に気づいたセナの問いに、ディクスは無表情でうなずく。いつもどおり駆除に挑むつもりでディクスがセナの腕を掴んだ、その時、セナがふとディクスの顔を見た。その怪訝そうな様子にクリンは疑問を感じたが、確認する間もなく二人はその場から消え去ってしまった。



「クリンさん、見てください。結界壁が……」



 外に出てミサキ達の様子をうかがえば、彼女達ははるか遠くを眺めていた。そこにあったはずの巨大な結界はいつの間にか消え去り、視界が開けたことでなだらかに連なる山々が見えた。


 




 一時間経っても地響きはやまなかった。「ずいぶんと遅いな」とジャックが独りごちた時、全員の輪から離れたところで空間が歪み、ディクスたちが戻ってきた。

 終わったのかと駆けつければ、セナを抱き締めているディクスの足には赤黒い穴が開き、大量の出血が見られた。セナがダガーを手にしていることから、戦闘中だったのではないかと思われる。



「ディクス、ひどい傷!」



 皆に見守られながら自身で治癒術を行うディクスに、セナは険しい表情で問い詰めた。



「てめえ、ディクス! なんで戻ってきた!?」

「セナ、落ち着け。何があったんだ」

「まだ終わってねえだろ! もう一度行くぞ」



 ディクスを急かすセナの表情は、あきらかに興奮しているようだった。しかしディクスは強く首を振って拒んでいる。どうやら戦闘中に、ディクスの判断でここへ戻ってきたようだ。



「セナは怪我してないか?」

「俺はなんともねえよ」

「ディクスがここへ戻ると判断したのには理由があるんだろ? 何があったのか説明してくれ」

「話してる場合じゃねえよ! まだアイツが暴れまわってる! そこには人がいっぱいいるんだ」

「えっ……」

「落ち着け。もしかして、そこは戦場じゃないのか」



 割って入ってきたジャックの質問に、セナは肯定とともに簡単に説明をした。



「ああ。そこも聖女たちの野営地だった。リヴァーレ族が現れて、どさくさに紛れて帝国軍が攻めてきやがったんだ」

「帝国軍が……」



 防衛会議のあとでジャックが話していた通りの展開になってしまったようだ。野営地に突如現れたリヴァーレ族。そこへ駆けつけたセナとディクス。さらには壁が消えてジパール帝国軍が現れたことで、現場はさぞ大混乱だったことだろう。



「ディクスの怪我は、もしかして帝国軍の拳銃か?」



 ディクスは言葉なく否定する。もう治癒が終わって、足はすっかり元通りになったようだ。



「俺をかばったせいでリヴァルにやられたんだよ。くそっ……」

「セナを……? 珍しいな、おまえがヘマするなんて」



 困惑するクリンの横で、ディクスは立ち上がって光の短剣を生み出した。



「ディクス?」



 何を……と声をかけようとしたところで、彼女の短剣がまっすぐセナへ振り下ろされた。



「ディクス!?」

「くっ……」



 セナが咄嗟にダガーを構え、その刃を受け流す。



「ディクス、やめろ!」

「ディクス!」



 クリンやマリアの声を無視し、ディクスは何度も何度もセナへ矛先を向ける。セナも立ち上がり、互いに距離をとって対峙した。遠くのほうでは相変わらず地割れのような騒音が(とどろ)いている。


 ディクスは持っていた短剣をセナへ投げつけた。ダガーで弾き飛ばしたセナのもとへ、今度は光のまとった石を矢のごとく放つ。

 いつものセナであれば、高い跳躍力で難なくかわせただろう。

 しかし、セナの動きは鈍かった。地面を蹴り上げる力は普通の人間に比べれば確かに(まさ)ってはいたが、ディクスの石をかわせるほどの跳躍力はもたなかった。石は(すね)に直撃し、弾かれた勢いのままセナは地面へと崩れ落ちた。



「うわっ」

「セナ!」

「ディクス、お願いだからもうやめてちょうだい!」



 クリンとマリアがセナのもとへ駆けつけ、ミサキがディクスを抱き止める。ジャックはいつでも抜刀できるよう、右手で柄を握りしめていた。



「くっそ……ちくしょう!」



 セナの怪我は幸い、たいしたことはなかった。ディクスはミサキに抱きしめられたまま、相変わらず無表情でセナを見下ろしている。しかしリヴァルに操られていた時の攻撃性とはどこか違って見えた。彼女は何かを伝えたいように見える。

 


「もしかして……」



 クリンはセナの足を見て、ディクスの言いたいことがわかったような気がした。



「セナ。もしかしておまえ、いつもみたいに戦えないんじゃないか? だからディクスが連れて帰ってきたんじゃ……」

「ちょっと違和感があるだけだ。次は戦える。ディクス、連れてけ!」



 クリンの言葉を遮って、セナは怪我をそのままに立ち上がる。だがディクスは首を振り、何かを伝えるつもりでセナの手を握った。



「だから、なんて言ってんのか聞こえねえんだよ!」



 ディクスの手を払いのけたセナの表情で、クリンの推測が真実なのだとわかった。

 セナはいつものように力をふるえないことに、かなり動揺しているようだ。セナの特徴だった人並み外れた身体能力、彼だけに聞こえたディクスの声。それが失われつつあるのだろうか。その原因は、もしかしなくても思い当たる節がある。



「輸血の効果が出てきてるんだ……。このままいけば、セナは普通の人間と同じようになれるんじゃ……」

「……」


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