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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第三十話 ネオジロンド教国
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巡礼選択会議

 



 とりあえずは何事もなく朝を迎えた一行は、再び東に向かって走り始めた。気がかりは絶えないが、クリンたちにはそれ以外にも考えなければいけないことがあった。


 景色は依然として高い結界壁が続いている。一晩中見張りを続けてくれたセナが仮眠から目を覚ましたタイミングで、クリンは「会議をしよう」と切り出した。名称をつけるならば《巡礼選択会議》である。そう、儀式の時にどちらを選ぶのか、今一度、話し合う必要があるのだ。



「僕はやっぱり聖女たちを解放したいと思う。昨日の彼女たちを見て、なおさらそう思った。みんなはどうかな?」

「そうですね。私も同意見です」



 クリンの意見に、ミサキも賛成した。セナはやはり「クリンに任せる」と考えを放棄し、マリアは難しい顔で黙り込んでいる。

 左側の座席にはミサキ、マリア、ディクスが、右側の座席にはクリンとセナが並び、お見合い状態は続く。ディクスは窓に張り付いて、荒野に行き交う痩せこけた自然動物を興味深そうに眺めていた。



「あたしは……やっぱりあたしたちで決めるべきじゃないと思う。この前みたいに国の代表者が集まって決めたほうがいいんじゃないかな」

「……なるほど。まあ、それも一理あるよね」

「そうでしょうか。私は……もっと混乱が生じてしまうのではないかと思います」



 マリアの提案にクリンはとりあえず頷いたが、ミサキはそうではないようだ。



「奴隷の国、未開の里、科学主義国家……色々な国を見て、思い知らされました。倫理や常識というものは、国によって違います。聖女の力を残すか否か……当然、意見が分かれるでしょう。今までは聖女といえばネオジロンドの管轄でしたが、各国に意見を求めれば新たな争いが生まれかねません」

「そうなると真っ先にジパール帝国とシグルス大国が聖女の力を消滅させよって言いそうだな」

「ええ。ですが他の国はどうでしょうか。例えばラタン共和国は、特効薬を開発し聖女本人に選択させるべきとおっしゃるかもしれません」

「言うだろうね。特効薬の開発は継続的な国益にもなるだろうし」



 ミサキとクリンは互いの意見にうなずきあった。たしかにコリンナもそんなことを言っていた。



「ではその選択は、果たして力を持たない者に受け入れてもらえるでしょうか」

「…………」



 ミサキの言葉に、クリンは彼女の言いたいことを理解した。

 聖女には魔女狩りという歴史がある。迫害された悲しい時代を乗り越え、聖女たちは人々を救うことでその存在を許されている。

 しかし、それは`不可抗力で持って生まれてしまったものだから'という大前提があるからだ。

 そもそも消滅させることができるなら、力を持たない者たちはその力を許してはおくことはできないだろう。シグルスの生物兵器が各国から非難されたのがいい例だ。



「問題はここです。選択式になったとたん、世間のプレミネンス教会の認識はどう変わるでしょうか?」

「……。保護していたはずの教会は、一転して‘危険な力を保有する組織’になるわけだね」

「はい。間違いなく帝国との戦争は悪化するでしょう。最悪は……また世界中で魔女狩りが始まってしまうかもしれません」



 クリンの回答にミサキが頷き、そこから短い沈黙が訪れた。

 馬車の音がガタガタと足元に響いている。



「……なんか」



 静まり返った客車内にポツリと落とされたのは、マリアの声。視線の中心にいる彼女は、その黒い瞳を悲しげに揺らした。



「なんか……聖女(あたし)を全否定された気分」

「マリア」



 違うわ、と伸ばしたミサキの手を、マリアはやんわりと拒絶した。

 マリアの瞳から涙が一滴(ひとしずく)流れ落ちたタイミングで、客車のど真ん中にドサッとリュックが放り投げられた。呆気に取られている一同の中で、「おやつ食うぞ」と休憩を宣言したのは、リュックの持ち主であるセナだった。

 突然のおやつタイムに戸惑っているクリンたちに、セナは「ほい」「ほい」と日持ちする焼き菓子を配っていく。ハーブとスパイスをバランスよく使用した、母のルッカが考案した栄養補助食品だ。

 マリアはしょんぼりしながらも一口頬張り、「美味しい」とつぶやく。



「ごめんね、いじけちゃって」

「私こそ……。否定的なことばかり言ってしまったわ。ごめんなさい」



 親友二人がしおれてしまうのを見てクリンも自省(じせい)する。

 マリアは頭よりも心で考える子だ。もっと彼女の心に寄り添うべきだった。



「ごめんな、マリア。思えば、マリアの力にはいつも助けてもらってばっかりだったよな。感謝してる」

「……」



 さんざん否定的な意見ばかり述べてしまったせいで、マリアはその言葉を素直に鵜呑みにはできなかったようだ。



「マリアは聖女でいたいんだよな。その気持ちをまず認めてあげるべきだった。ごめん」

「……うん。ありがとう」



 クリンの謝罪を一応は受け入れて、マリアはうなずく。ディクスがマリアの頭を撫でたものだから、その場の空気が一気に和んだ。



「マリアはすごいよなぁ。出会った時からカッコよかった。アルバの王都へ向かう船で、リヴァーレ族と果敢に戦ってたよな」



 あからさまなヨイショに聞こえたかもしれないが、振り返れば、たしかに彼女の力は正義のために存在していた。マリア本人も、自分の使命に真っ直ぐで、強い信念を持っていた。そしてどんな状況下でも、多くの人々を救おうと奮闘してきたのだ。聖女の力が危険なだけじゃないことは、この子が証明してくれた。



「そうだ。みんなはマリアの術の中で何が一番好き?」

「え、な、何よ急に」


 

 クリンの突然の投げかけに、マリアはワタワタし始める。その横で、いの一番にミサキが手をあげた。



「私は結界術が好きです。あの国境の結界とは違って、マリアの結界は小さいけれど真珠のように綺麗な色をしていますよね」

「綺麗だよな、マリアの結界。僕は治癒術が一番好きだな。温かくて気持ちがいいんだ」

「そうですよね。私はあまり怪我をしませんが、時々治癒術をかけてもらうと嬉しくなってしまいます。あら、セナさんは話に入ってこられないようですね」

「どうせ効かねーからわかんねーよ」

「まあ、かわいそうに」

「前々から思ってたけどミサキって俺にだけ扱いひどくね?」

「まあまあ、まあまあ。じゃあセナは? 一番好きな術」



 両者を(なだ)めながら、クリンはセナに視線だけで念を押した。余計なことを言ってくれるなよと。幸いなことに伝わったらしい。茶化すかと思われたセナだったが、意外にも返ってきた返答はまともだった。



「俺はやっぱ移動術だな。便利だし、色々行けて楽しいじゃん」

「そうだよな。移動の術には助けられたよなぁ」



 口には出さなかったが、ソルダートの屋敷やリヴァルの城から脱出できたのもマリアのおかげだ。そもそもマリアの移動術がなければ、セナがリヴァルに会うことはなかった。悲しいこともあったが、こうしてセナの出自が明らかになったのはマリアのおかげと言っても過言ではない。

 称賛の嵐を浴びて恥ずかしくなったのか、マリアは両手で顔を隠してしまった。


 けっきょく選択についての議論にはならなかったが、クリンはこういった会話も大切にしていこうと思った。この先に、みんなが一緒にいられる未来があるかどうかはわからない。ひとつとして余すことなく、想いを伝え合いたいと思う。





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