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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第三十話 ネオジロンド教国
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襲撃


 一人の兵士がミサキへと剣先を向けたので、セナは間合いを詰めさせないようにゆっくりと彼女をうしろに下がらせた。



「貴様がミランシャ皇女だな。二度も結界に近づいて何をするつもりだ」

「あら……見学をしていただけですが、それすらも許可が必要でしたか?」

「とぼけるな! 何か企てていたのだろう」

「素直にいいえとお答えして、ご納得いただけるのでしょうか」



 男の詰問に極めて冷静に返しながら、ミサキは心の中で舌打ちをする。やはり、この招致は罠だった。念のため夕食には手をつけなかったが、一緒に夕食を囲った彼らの温かな歓迎にずいぶんと油断をしてしまったようだ。マリアたちは大丈夫だろうか。



「ふん、まあいい。ミランシャ皇女よ。おまえの身柄を拘束させてもらう。大人しく従わなければテントにいる者たちの命はないぞ」

「……あら、品のないお誘いですこと。せめてどなたからのご招待なのか、お聞かせくださいな」

「答える義理はない」



 男が一歩こちらに踏み出した、そのタイミングでセナは抜刀した。



「セナさん。四人も相手にできるんですか」

「できないって言ってどうにかなるのか、この状況」

「そうでしたね、ではがんばってください」

「こんにゃろ……」



 毒づく暇もなく、二人の兵士が一斉に剣戟(けんげき)を振るう。彼らの腕が相当立つということは、構えを見てすぐにわかった。一人の剣をかわして、一人の剣を弾き飛ばす。その隙に他の二人がミサキへと押し迫ったので、セナは舌打ちをした。

 皇女に怪我を負わせるつもりはないのか、男たちは剣を構えたままじりじりとミサキに詰め寄る。その後ろからセナが飛び蹴りを食らわせた。

 彼らを一人で相手にするのは骨が折れそうだ。ならば、セナがとれる行動はひとつ。



「舌を噛むなよ!」

「きゃっ」



 兵士たちの剣をかわしながら左肩にミサキを担ぎ上げ、セナは高く跳躍をした。

 今できること、それは逃亡である。テントにはジャックやディクスという戦力がある、そこへ合流するのが最善だろう。

 右へ左へとジャンプを繰り返し注意を分散させ、兵士たちに追いつかれない速度でテントへ戻る。しかし残念ながらそこも非常事態に陥っていたようだ。


 五人の兵士がジャックとマリアを取り囲み、今まさに戦闘開始といったところだった。剣を振りかぶった兵士の後ろ姿が見えたので、セナは跳躍の着地とともに蹴りを一発お見舞いした。男が完全にのびてしまった横でミサキをおろし、ジャックへ状況を尋ねる。そうしている間にセナたちを追いかけてきた兵士も合流し、いよいよ差し迫った事態となった。



「クリンとディクスは!?」

「馬車の準備に行った。ある程度片付けたら俺たちも合流するぞ」

「だな。さっさとおさらばしたほうがよさそうだ」



 短い会話の合間にも、ジャックは一人二人と地面へ叩きのめしていく。ギンやクリンが褒め称えていただけあってさすがの剣さばきである。背中を預けるに不足はない。

 数で競うつもりはないが、セナも負けじと兵士を相手取る。二人が共闘している間にマリアがミサキに結界を施した。



「聖女のくせに皇女を(かば)いだてするか!」

「この裏切り者!」

「そ、そんな……」



 同郷の兵士からそしりを受けて、マリアはたじろぐ。

 周囲のテントから、睡眠を妨げられた聖女や兵士たちが次々に顔を覗かせた。彼らはやはり何も知らなかったのか、この事態に戸惑いを隠せないようだ。考えたくはないが、一緒に夕飯を囲った彼らまで敵に回ってしまうかもしれない。



「そろそろいいだろう、行くぞ」



 ジャックの声を合図に、一同は馬車のほうへ一目散へと駆け出す。後ろから追いかけてきた兵士に向かって、マリアは「本当にごめんなさい」と言いながら手を横に()ぎ払った。突如として氷の壁が地面から出現し、彼らの行く手を阻んだ。






 馬車はすでに出発し、追手をまいたところである。しかし太陽が昇るにはまだ早い時刻。この暗闇の中、足元も見えず馬が怪我をしてしまうかもしれない。適当なところで馬を休ませて、一行は客車の中で夜をやり過ごすことにした。

 ちなみに馬車を用意したクリンたちだが、馬繋場(ばけいじょう)にも二名の兵が待機しており、ディクスが難なく叩きのめしてくれた。ジャックに乗馬の手解きを受けていたおかげで、馬を客車につなぐ作業も問題なく完遂した。

 なんとか全員での避難に成功したわけだが、そもそもなぜこんな事態に陥ったのか。



「僕は教皇があやしいと思う」



 追っ手を警戒して灯りもつけられない客車の中、クリンは言った。想像以上の寒さにぶるっと体が震えたが、外で見張りをしてくれているセナはもっと寒いはずだ。



「私もそう思います。野営地へ来るようにおっしゃったのも司教様ではなく教皇様からの伝令でしたものね。あの兵士たちは、最初に歓迎してくれた方達とは違う鎧を着ておりました。おそらく教皇様から直々に召し抱えられた者たちなのでは」



 ミサキがクリンに同意する横で、マリアは寒さでガチガチに固まっているディクスへ毛布をかけていた。



「マリア殿はショックを受けたのではないか」

「い、いえ。大丈夫です」



 ジャックが心配しているのは、マリアが兵士たちに裏切り者扱いされてしまったことだ。


 

「ごめんね、私のせいで……」

「平気だって! そんなことより、ミサキをさらってどうするつもりだったんだろう」



 ミランシャ皇女の存在はおそらく教皇の耳にも入っているはずだ。しかし、あの防衛会議で司教はミランシャ皇女の存在を黙殺した。



「司教殿と教皇様の意見が食い違っている……ということはないのか」

「そうですね……。教皇様本人はミランシャ皇女の外交利用に積極的なのかもしれません」



 ジャックに続いたクリンの推論に、一同から否定意見は出なかった。

 司教は体裁を取り繕って人質を取ることに反対したが、教皇は違うかもしれない。たしかに、敵国の皇女など野放しにしているほうがおかしい。ましてやリヴァーレ族を生み出しているのが聖女であると敵国側の人間に知られてしまったのだ。捕虜とまではいかなくても、国の監視下に置きたいと思うのは為政者ならば当然だろう。



「次にまた使者がやってきたら、どうするんだ」

「当然、逃げます。僕たちの目的は巡礼ですから」



 ジャックの質問は、どちらかと言えばミサキへ向けられていたと思う。だがクリンは彼女に答える隙を与えなかった。


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