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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第三十話 ネオジロンド教国
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野営地


 野営地に案内されれば、ぐんと近づいた結界の要塞壁に一同は圧倒された。さすが首都プレミネンス領、守りは完璧というわけだ。

 男の言ったとおり、そこには三十人ほどの男女がひしめきあっていた。聖女たちは交代で結界術を、兵士たちは緊急時の戦力として、それぞれが役割を担っているのだそうだ。

 大きな焚き火がひとつ、それを囲うように頑丈そうなテントが並んでいる。ちょうど夕飯時に来てしまったのか、風にのって魚介類の匂いが鼻腔を刺激した。



「近くの川でうまい魚が獲れるんだ。君たちもぜひ召し上がっていってくれ」



 案内役の男はいまだに気絶している聖女を背負いながらどこかへ消えてしまった。ジャックも他の者に案内されて馬をつなぎに行っている。

 手持ち無沙汰になった一行が周囲からの好奇の目にさらされていると、二十代半ばくらいの質素な服を着た女性がやってきた。



「あなたがマリア様ね! こんなところに巡礼中の聖女様が来るなんて初めてだわ」



 彼女もおそらく聖女なのだろう、マリアに向かって「よろしく!」と浮かべた笑顔は温かかった。



「みんなあなたの話を聞きたがっているのよ。こっちで一緒に夕飯にしましょう! お連れの皆様もよかったらどうぞ」



 遠慮する隙も与えられず、マリアがずるずると引っ張られていく。クリンたちのことは明らかについでと言わんばかりだったが、マリアを一人にはしておけないので遠慮なく同席することに。

 焚き火の近くに腰をおろすなり、聖女や兵士たちがわっと群がってきた。その顔はみな好意的で、巡礼の儀式についてや旅での話などに興味津々の様子だった。



「シグルス大国にも行ったんでしょう? 鉄道というものは見た?」

「は、はい、乗りました」



 マリアの返事に「わぁ」「いいなぁー」と聖女たちから歓声があがる。質問攻めに合いながらマリアが頑張って答えていると、ジャックが戻ってきた。そのタイミングで自分たちも食事の時間になった。

 配られた魚介スープは具がゴロゴロ入っていて、冷えた体を温めてくれる。ちなみにディクスに配られた器は見えないところでセナが代わりに食べていた。

 美味しい食事に友好的な人々。どうやら最初の心配は杞憂に終わったようだ。



「羨ましいなぁ、世界中を旅することができるなんて」

「本当に。私たちなんてずーっとここにいなきゃいけないのよ」



 ねー、と顔を見合わせている聖女たちに、クリンは遠慮がちに聞いてみた。



「みなさんは、ご自分で志願してここに来られたわけじゃないんですか?」

「まさか! 領主様の指示でここにいるのよ。仕方がないの、私たちは結界術しか取り柄がないから」

「……つらくはないですか?」



 続けて重ねた質問に、聖女たちは自身の気持ちと向き合うように目を伏せ、やがて一人が答えた。



「考えるとより苦しくなるから、考えないようにしてる」

「……すみません」



 彼女たちの目は決して責めるようなものではなかったが、クリンは急激にやるせない気持ちに襲われた。

 そんな重たくなりかけた空気を打ち破るように、またしても周囲から質問が飛び交い始めた。

 儀式はどんなことをするのか、旅で一番綺麗だった場所はどこか、どんな美味しい食べ物があるのか。彼女たちがおそらく一生することのできないだろう経験を、マリアはイヤミにも自慢にもならないよう淡々と答えていた。


 そうしているうちに、しだいに男女でグループが分かれていき、兵士たちはジャックやセナと武器や戦術について盛り上がり、マリアやミサキはそのまま聖女たちと女子トークに花を咲かせた。


 クリンとディクスはどっちつかずのところで、それぞれのグループを見守っている。こういう時、言葉を喋れないディクスは少し気の毒に思う。



「長旅で疲れてない?」



 気遣えば、ディクスはゆっくり首を横に振って、マリアが教えたニーッといういびつな笑顔を見せた。どうやら初めての旅を楽しんでいるらしい。……彼女にとっては、最初で最後の旅だが。



「楽しい思い出をいっぱい作ろうな」



 くしゃっと頭を撫でたら、ディクスは満足したのか何度も首を縦に振った。

 しばらくすると聖女の輪から楽しそうな恋バナが聞こえてきた。皆の視線がチラチラとこちらに向けられたりミサキに移されたりしているあたり、マリアが余計なことを吹き込んでくれたらしい。

 いたたまれなくなって立ち上がり、そこらへんを散歩でもしようと思ったらミサキがうしろからついてきた。とたんに女性たちから「きゃあー」と黄色い声が聞こえてきて、いよいよ羞恥が襲う。最近この手のネタでからかわれすぎではないだろうか。


 行く宛もないままフラフラと散策し、たどり着いたのは結界の壁。

 しかし壁から五十メートルのところまで行くと術を施す聖女を守るため兵士たちが立ちはだかっており、それ以上は近づくことはできなかった。

 地面に薄い布を敷いただけの場所に毛布を羽織っている聖女の後ろ姿が見える。過酷な寒さのなかで、ただただ結界を張り続けるだけの彼女たち。



「マリアには悪いけど……やっぱり僕は、終わらせてあげたい」

「……はい」



 心ここにあらずという声に横を向けば、高くそびえ立つ壁を見上げているミサキは、自分よりも物憂げな表情を浮かべていた。彼女の目には、聖女ではない別の何かが映っているようだ。



「……」



 まるでインクの染みのように、この胸に不安が広がっていく。

 この壁の向こうに彼女の故郷がある。彼女が今何か(・・)に迷っているということは、プレミネンス教会で防衛会議をした時から薄々気がついていた。なぜなら自分も真っ先にその考えに辿り着いたからだ。彼女がもしも恋人でなければ、おそらくこの口が提案しただろう。

 だが、絶対に自分からは言いたくなかった。そして彼女にも言わせるつもりはない。



「そろそろ戻ろう」

「……ええ」



 そっと手を差し伸べれば、ミサキは少しの迷いもなく応えてくれた。





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