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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第三十話 ネオジロンド教国
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ジャックと合流

 

 ジャックのもとへ合流したクリンたちは、まずその大きな馬車に感嘆の声をあげた。

 大人数の移動になるからと、二頭馬車から三頭馬車にグレードアップし、以前よりも広々とした内装の客車には、大きな車輪がついていた。木材ではなく鉄が使用された外装は、おそらく帝国との境界線を意識してのことだろう、ずいぶんと丈夫に見える。

 また、野宿に備えて中の座面は折り畳み式になっており、夜は女子たちが横になって眠れるという仕様である。



「ジャックさん……いいお値段だったんじゃないですか」

「俺の金じゃない。礼ならお父君に言うんだな」

「父さんが……?」

「遠慮したんだが、『息子たちのためでもあるから』と押しきられてしまったよ」



 二人にそんなやり取りがあったなんて知らなかったが、ともかく馬車を用意してくれたのはジャックに変わりはない。再び礼を言って、クリンはもちろん御者席であるジャックの隣へ並んだ。



「シグルスとは違ってネオジロンドは寒いぞ。俺にかまわず客車に行け」

「いいえ。せっかくなので北半球の寒さを味わおうかなと」

「また熱を出しても知らんぞ」

「なんのことやら……ジャックさんの記憶違いじゃないですか?」



 しれっと返しながらテコでも動かないクリンの様子に、ジャックは観念してそれ以上の問答を避けた。再びジャックとこんなふうに並んで同じ景色を見られる日がくるとは思わなかった。


 遠くのほうに透明の繭が見える。プレミネンス領を包むその結界は、ここからでもわかるほど大きい。どうやらシェルターは無事に完成したようだ。

 

 道中、ジャックにはコリンナの研究結果と今後の選択について話をしておいた。亡命したとは言え、彼はこの教国の出身であり、妹も聖女だったのだ。聖女を敬う気持ちと聖女でなければ妹は死なずに済んだのだという事実に揺れ動いて、やはりその顔色は複雑そうだった。



「まあ、俺がどうこう言えることではないが、今自分が最善だと思うことをなせばいいんじゃないか」

「はい。ありがとうございます」

「しかしどの道を選んだとしても、その後のことも考えておけよ」

「そうですね、この移動中にすべて整えたいと思っています」

「このルートだと早くても十日はかかる。……だが、悠長に考え事ができるとは思わないことだ」

「?」



 どうしてですか、という意味をこめて首をかしげると、ジャックは視線をわずかに横へずらして、すぐに前方へ戻した。



「見張られている。おまえたちと合流するよりもずっと前からだ」

「まさか……教会の人ですか?」

「だろうな」

「司教さんの手先でしょうか」

「さあ、それはどうだか知らんが……目立った行動は控えたほうがいいだろうな」

「……まさかとは思うけど、会話を聞かれてたりは……」



 思わず手で口を隠してしまったが、今さらである。もしかしたらコリンナの研究の話を聞かれてしまったかもしれない。



「どうだろうな、馬車の音が邪魔をしてくれているといいが。しかし今夜あたり、何かが起こるかもしれん」



 ジャックの「何か」という言葉に、クリンはつい身震いしてしまった。最悪の場合、口封じのために皆殺しということもありえるのだ。



「本当に……ジャックさんがいてくれてよかったです。ジャックさんの都合もあるのに、無理を聞いてくれてありがとうございました」

「君のワガママなど今さらだろう」

「皮肉屋だなぁ」



 ジャックの横顔からは以前と違った穏やかな雰囲気が感じ取れて、こんな会話ができることを喜ばしく思う。

 再会した時に近況を聞いたが、彼の‘復讐’に決着がつくのも案外早そうだ。シグルスはきっといい方向へ変わる、と彼は力強く言った。その時が来るのをクリンも心待ちにしている。



「ジャックさんは今のするべきことが終わったらどうするんですか?」

「さあ、どうするかな。どこか知らない土地で腰を落ち着かせるのもいいが……剣の修行は続けたいと思っているよ」

「じゃあアルバ王国がいいですよ! 騎士団はありませんが国家防衛隊があります。王都ならギンさんもいますし、フェリオス村にも船で半日で来れますよ」

「考えておこう」

「やった!」



 若干ジャックが引き気味だったような気がしないでもないが、今後もジャックと縁をつないでいけそうな手応えに、クリンはグッと拳を握った。






 指定されたルートは街道と言えるほど整備もされていない荒野で、ひたすら枯れた植物をよけながら走るだけ。そしてそこはジパール帝国との国境沿いである。当然人気(ひとけ)はなく物悲しい景色が広がっていた。



「あれ、なんですか?」



 クリンが指をさしたのは、荒野にそびえ立つ高い壁。馬車と並行するように横に連なるその壁はくすんだ茶色で一見(いっけん)土壁のように見えたが、よく見ればキラキラと光って見える。



「結界だ。あの向こうがジパール帝国だからな」

「……結界……あれが」



 物々しい雰囲気を漂わせる結界は、いつも見ているマリアの美しい光とはまったく別物のように思えた。そういえば、リヴァルの青白い光とマリアのそれも似ているようで違う。リヴァルの術は鋭くきらびやかであったが、マリアのは柔らかく温もりがある。



「あの結界を施しているのは誰なんですか?」

「ここらへんを任されている聖女たちだな。交代でずっと国境を守ってくれている」

「……ずっとこんな場所に……」



 彼女たちがいてくれるおかげで今の教国があると言っても過言ではない、とジャックは説明を続けた。



「あの壁の向こうには大勢の帝国軍が待機している。おそらく、今か今かと待ち構えているんだろうな」

「何をですか」

「聖女が力尽きて壁が消える瞬間を、だ」

「……」



 少しでも気を抜けば命を奪われるこんな場所で、ずっと結界を張り続けている聖女たち。それはどれほどの恐怖だろう。

 最後の選択で聖女の力を奪ったら、彼女たちは解放されるのだろうか。しかし……真っ先に帝国軍に殺されてしまうのも彼女たちなのだ。

 マリアは馬車の中からあの景色を見ているだろうか。彼女はどう感じただろう。




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