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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第二十九話 最後の巡礼に向けて
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出立





 その一歩を踏み出したあと、クリンは振り返った。

 五ヶ月前にもこうして生まれ育った我が家を見つめたものだ。だが、期待に胸を膨らませていたあの時とは少しだけ違う今がある。背負ったリュックは心なしか重たく、高揚感とは違った胸の高鳴りを感じている。



「忘れ物はない? ちゃんと毎晩歯磨きするのよ」

「母さん……。子どもじゃないんだから」

「いいか、セナ。お前は無鉄砲なところがある。決して無茶はするなよ」

「わーかってるよ」

「クリンもだ。何度も言うが後悔のないようにな」

「わかってる、ありがとう」



 玄関の前で見送りに立つルッカとハロルドは、息子ふたりの旅立ちに心配を隠せないようだ。最後の選択を自分たちに任せてほしいとクリンが懇願した時も、最終的に了承はしてくれたが両親はこんな感じで不安げだった。だがその表情の中にも我が子への信頼と誇らしさが滲んでいた。もちろん、今もである。

 そんな親バカ二人の様子を、隣にいるコリンナはやれやれといった表情で眺めていた。



「コリンナさん、色々とありがとうございました」



 クリンはコリンナへ向かって深々と頭をさげた。思えばラタン共和国で初めて出会ってから彼女には本当によくしてもらったものだ。彼女の力添えなくして光明は得られなかった。感謝してもしきれない。


 そんなコリンナは、クリンたちを見送ったあとですぐにラタンへ戻ると言った。しばらく会うこともないだろう。



「クリン。いつか恩を返してくれるのよね?」

「はい、約束は忘れてません」

「それじゃあ、必ずラタンにいらっしゃい。そこで多くを学び、多くを助ける医者になりなさい。それが何よりの恩返しよ」

「……はい! ありがとうございます!」



 力強く頷いたあとは、しっかりと握手を交わした。


 ミサキとマリアは、ランジェストン夫婦に向かって同時に頭を下げた。その横でディクスもぺこりと真似をしている。



「長々とお世話になりました」

「ありがとうございました!」

「いいのよ、いっぱいお手伝いしてくれてありがとう」



 そんな少女たちに、ルッカは「あのね」と続けた。



「お二人さえよければ、巡礼が終わったあとにまたフェリオス村に戻ってこない?」

「え……」



 思いがけない(いざな)いに、ミサキとマリアは返事よりも驚きが勝ってしまって言葉がでないようだ。クリンたちにとってもこれは初耳である。


 どうやら両親ともに意見が合致していたようだ。



「そうだな。この家で暮らしてもいいし、ここが手狭なら空き家を借りてもいい。どちらにしても生活の心配はいらないよ。君たちが大人になるまでの間、私たちが支えになる」

「ええ。学校に通ってもいいし、お仕事を探すのも楽しいわよね」

「あら二人とも、ミサキさんはクリンを追ってラタンへ来るかもしれないわよ」

「ちょっと待ってくださいコリンナさん!?」



 ほのぼの未来図を描いていた両親にコリンナが大真面目な顔で爆弾を落としたものだから、クリンは思わず声を張り上げた。右隣ではミサキが目をまんまるくし、左隣ではセナがくっと笑いをこらえている。



「あら、何かしらクリン。あなたたちが毎晩のように逢引きしているのを誰も知らないと思って?」

「女の子を夜分に連れ回すのは感心しないがな」

「まあ、ダメよあなたたち。きちんと紹介されるまで知らないふりしててあげなくちゃ」

「……くぅ」



 コリンナの追撃にハロルドが同調し、ルッカがたしなめる。どうやら全員に知られていたらしい。

 どうしても隠したかったわけではないが、紹介するタイミングもないまま今に至っており、いつか時期を見てと思っていたところにこの爆弾発言である。

 いい大人のくせにいたいけな若者をからかうなんて、こんな仕打ち許されるだろうか。クリンは視線を彷徨わせて胸中で恨み言を唱える。

 しかしミサキにまで恥をかかせるわけにはいかない。



「ついでみたいに紹介するほどいい加減なつもりじゃないので、もう少しだけ待っててください」



 今言えることはこれだけだったが、両親もコリンナも満足そうに微笑んでいた。恥ずかしすぎて仲間の顔は見れなかったが。でも楽しそうに笑っていた弟は絶対に許さない。

 


「話がそれてしまったけれど、そういうわけだからミサキさんもマリアちゃんも、またここへ帰ってきてね」

「は、はい」

「ありがとうございます」



 ルッカが本題に引き戻してくれたおかげでクリンの窮地は過ぎ去り、一行はいよいよ再出発となった。「そろそろ行こうか」とクリンが声をかけたことで、和やかだった空気に少しだけ緊張感が生まれる。



「セナ、ちゃんと毎日輸血を続けなさい」

「わかってるよ」



 しつこいなと言いつつ、セナは父に笑顔で返した。

 口には出さないが、セナは知っている。マリアが最後の儀式を終えた時、自分の体がどうなってしまうのかわからないということを。

 そしてコリンナの提案した輸血がそれにどう影響してくれるのかも、わからない。

 たしかにあの実験以来、一度も自分の瞳は赤くはならない。心も穏やかなままだ。だが、それでもここへ帰ってこれる可能性は百パーセントではないだろう。


 セナは両親を見た。両親もセナに視線を返した。

 もう会えないかもしれない。

 次から次へとあふれ出る想いはとてもじゃないが言葉でなんて言い尽くせない。だからセナは眼差しに想いを乗せた。両親も返してくれた。



「じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 

 クリンの出立の挨拶を最後に、マリアの放った光が視界を奪う。

 この旅の行く末はまだ誰も知らない。だがクリンは思う。次に帰ってくるときも、必ずみんなと一緒でありたいと。





お待たせしました。いよいよ巡礼の旅、再開です!


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