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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第二十九話 最後の巡礼に向けて
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決別


 リヴァルは司教の攻撃をしきりにかわしながら、こちらの様子を気にしているようだ。

 彼女と目が合って、セナはダガーを持つ手に力を入れた。今ならリヴァルの喉を掻き切ることができるのではないか。そんな誘惑にかられて本来の目的を忘れそうになる。


 憎い。リヴァルを殺したい。

 だがこんな時にも浮かんでくるのは『誓いを忘れるな』とでも言いたげな兄の顔。師の言葉。

 激しい葛藤の末に、セナはリヴァルを警戒しながらもダガーを鞘におさめた。



「もう用事は済んだ。帰るぞ」

「待って行かないで、レイン!」



 司教の攻撃を結界で弾きながら、リヴァルは叫んだ。



「もう一人はいやなの。帰ってきて!」

「……」

「セナ」



 マリアが袖をつかんでくる。再び武器を取ろうとするのではないかと、心配しているのかもしれない。

 だがセナはまったく別のことを感じていた。


 今、リヴァルは確かに自分のことをレインと言った。そういえば今日ここに来てから、リヴァルは一度もセナの名を口にしていない。



「俺はレインじゃない」



 司教とリヴァルの攻防をまるで他人ごとのように眺めながら、セナは今日初めてリヴァルと言葉を交わした。



「いやよ。お願い、私を守って。もう一人はいや」

「……」



 リヴァルの目には涙が浮かんでいた。追いつめられたせいか、それともレインとやらに似ている自分への執着心がそうさせているのか、前回会った時よりもずいぶんとその姿は小さく見える。

 

 リヴァルが吐き出す言葉や行いは、いつだって自分を満たすためにある。欲しい、守られたいと願うだけで相手へ与えることのない自己愛に過ぎない。一切の見返りを求めずに惜しみない愛を注いでくれた養父母と全然違うのだ。


 セナはクリンの言葉を思い出した。



「『手を汚す価値もない』……か」



 腹の底にはいまだ真っ黒な感情が眠っているが、もう振り回されることはなさそうだ。



「おい、行くぞ」



 あえてリヴァルを無視して、セナはマリアを急かした。



「で、でも」



 マリアは司教のことが気がかりだった。そうとう疲弊しているとはいえ戦況は司教が優勢だ。だがリヴァルが死んだ場合、この城もろとも司教まで海の底で眠ることになってしまう。



「何をもたもたしているのです、マリア・クラークス。ペンダントを回収したのならさっさとお行きなさい」

「で、でも司教様が」

「あなたごときに心配される筋合いはありません」

「……そんな……」



 そう言われて「じゃあ」と退出できるほどマリアが薄情でないことは、セナにはよくわかっている。ここで司教を見殺しにすることにまったく抵抗はないが、マリアが悲しむのは本意ではない。

 セナはディクスのほうへちらりと視線を送った。ディクスは理解をしたようだ。


 司教が放った氷のつぶてがリヴァルの結界によって弾かれる、そのタイミングでディクスは両手から光の矢を放った。同時に飛び出したその光は片方がリヴァルへ、片方が司教へと狙いを定めている。

 リヴァルは結界で、司教は移動術でそれを難なくあしらった。


 だがそれは予想済みである。リヴァルの背後をとった司教の真正面には、すでにセナが駆けつけていた。

 司教は動きを止めた。ダガーの先端が彼女の左胸よりわずか上をとらえていたからだ。



「……なんの真似です」

「気絶させんのは後々面倒だから、自力で帰ってもらおうかなと」

「ここまで獲物を追いつめたのに、諦めろと?」

「うちの聖女サマが横取りは許さないってさ」



 司教は鎖骨部分に添えられたダガーを見下ろした。いつぞやの仕返し(・・・)に、司教は気づいただろうか。



「残念ですね。せっかく何もしない(・・・・・)という選択肢を増やしてさしあげられたのに」

「……はぁ?」

「少々疲れました。いいでしょう、ここはあなたがたに従います」



 司教は去り際にリヴァルを見やった。彼女もずいぶん疲弊しているようだ。



「リヴァル。彼らはこれから最後の巡礼に向かうそうですよ。楽しみですね」



 それだけ言うと、司教は光の残像を残してあざやかに消えた。司教がいなくなったのなら、ここにもう用はない。

 セナはリヴァルと対峙しているディクスへ目配せし、マリアのもとへと戻った。ディクスはすでにこちらの動きを読んでおり、マリアのもとへ集合したのは同時である。



「行くぞ」

「うん」

「待って……待って、レイン!」



 リヴァルの呼び声が響き渡る。だがセナはあえて彼女のほうを見なかった。







 フェリオス村に戻るなり、マリアはペンダントに小さな結界を張った。リヴァルに呼び戻されるのを防ぐためだ。

 ぬるい風が髪をなびかせる。視界には海とセナ専用の薬草園が広がっていた。城へ乗り込む時もここから出発した。



「なんだかリヴァルさん……かわいそうだったね」

「別に。ずっと海底に閉じこもって好きなことばっかりやってたんだから、最高の人生だったんじゃないの」



 先を歩くセナの背中からは、その表情は見えない。マリアはその背中に無言の非難を浴びせた。

 リヴァルは好きでああなったわけじゃない。ああするしかなかったのだ。死にたくない、ごく普通に暮らしたい。人としてよくある望みすら、彼女は叶えることができなかった。



「聖女っていうだけで……力が強いっていうだけで、排除されちゃうんだもんね。悲しいね」

「どーだろ。俺は抗うよ。逃げも隠れもしない」

「……」



 ぽつりと落としたようなマリアの言葉に反応して、セナはきっぱりと打ち返した。

 リヴァルはたしかに不運だったかもしれない。だが彼女にはレインという支えがあり、帝国に助けを求めるという選択肢もあったのだ。それなのに彼女が選んだのは戦いではなく逃避だった。そしてそのまま問題を放置した。大勢の命を奪っているという罪悪感すら抱くこともなく。


 彼女がもしも帝国とともに立ち上がってくれていたら、もしかしたら今の巡礼システムは存在していなかったかもしれない。その後大勢の聖女たちが殺されることもなく、マリアが今こんなに苦しむこともなかっただろう。



「好きで逃げることを選んだんだろ。そのほうがラクだから。これ以上傷つかないから。そんで逃げた先でやりたいこと見つけたんだろ。いいんじゃない、そういう生き方も。別に批判するつもりはねえよ。だからこそ、なんにも憐れんでやる必要ねえじゃん」

「……うん」



 一理ある言い分ではあるが百パーセント同意することはできず、マリアの返事は消え入るほど小さかった。



「おまえも」

「……え?」

「おまえも好きに生きたらいいよ。どうせおまえは逃げないんだろ、ポンコツだから。じゃあせめて、好きな道を選べばいいじゃん」

「……」



 表情は見えなかったが、そう言ったセナの声は少しだけ優しかった。巡礼の選択のことを言っているのだと思った。



 



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