混戦
どうやら自分たちは、二人が交戦中のところにペンダントを取り返しに来てしまったらしい。「間が良いんだか悪いんだか」と考えながら、セナはマリアの容態を確認する。
「おい、大丈夫か?」
「目が熱くて……痛い……」
「こするなよ」
マリアの瞼に外傷は見られなかったが、目が開けられないようだ。失明などしていなければいいが。
しかし治癒要員であるディクスを呼び戻そうにも、彼女は次から次へと放たれるリヴァルの攻撃に応戦するだけで手一杯のようだ。司教もまた、ディクスの攻撃の合間を見計らって絶え間なくリヴァルを攻撃している。
攻撃対象が分散したことでリヴァルはいよいよその顔を険しくさせた。
「どうしてみんな私を否定するの」
声に呼応したように、リヴァルの体から青白い光が生まれる。それは炎のように大きく揺らめき、やがて体から四方に飛び散って個体を作った。できあがった四体の泥人形はすべてセナの贋作だった。
二体がディクスへ、二体がマリアへ向かってやってくる。手の空いている司教とリヴァルは一対一で対峙することになった。
「私はただ平穏が欲しかっただけよ。愛した人といつか一緒になってその人の子どもを産む。望んだことはたったそれだけだったのに」
マリアのもとへとやってきた泥人形たちが同時に武器を振りかざした。しかしさすがのリヴァルも四体を同時に扱うことは厳しいらしい。泥人形の動きに意思も計算もなく、セナが応戦するのは容易かった。それでもマリアをかばいながら戦うのはいささか分が悪い。
一方のディクスも一対二の戦闘中だ。こちらへの応援は期待できない。
「教会も、あなたたちも……! みんな……! どうして邪魔をするの!?」
リヴァルの叫びは、司教の動きを止める判断材料にはならなかった。瞬時に作り出した巨大な氷柱は司教の手から離れてまっすぐにリヴァルへと飛んでいく。リヴァルはそれを結界で跳ね返し、氷柱は運悪くディクスの背中へ直撃した。
「ディクス!」
セナは迷った。マリアはいまだに目が痛むのかペンダントを握りしめたままの両手で瞼をおさえている。彼女をかばいながらの戦闘は相手に致命傷を与えるだけの一手にならず防戦一方である。
この状況はまずいと理解しながらも、ディクスを置いて二人だけで逃げ帰るという手段は、マリアが怪我を負った時点でできない。回復役のディクスには生きていてもらわなくては困るのだ。
「おい、ちょっとの間だけ結界を張っておけ。普通の結界でいい」
「う、うん」
「一分間だけ耐えろよ」
マリアがしっかりと結界を施したのを確認し、自由になったセナは目の前の二体を放置してディクスのもとへ駆けつける。背中に攻撃をくらったディクスは痛みに耐えながら、なんとか二体の泥人形をあしらっていたところだった。
セナは一体の背後にさし迫った。頭部を狙って軽く跳び蹴りを入れて真横へふっ飛ばし、今まさにディクスの腹を刺そうとナイフを構えるもう一体の泥人形へ倒れ込ませる。
「回復しとけ!」
手が空いたディクスに自身への回復を促し、セナは将棋倒しになった二体へ攻撃を畳み掛ける。一体は簡単に赤い石が見つかったので、ダガーを突き刺し消滅させた。もう一体が起き上がる前に相手の顔面めがけてダガーを放ち視力を奪う。すぐさま引き抜いたものの、セナは追撃には出なかった。
「きっちり止めを刺しておけよ!」
視力を奪った以上、もはやその泥人形は戦力にならない。後始末をディクスに任せ、セナが向かった先はマリアのもとである。
たったの四十秒で戻ってくれば、マリアはしゃがんだまま結界の中に閉じこもっていた。たまごのような白い結界は無事に彼女を守ってくれていたようだ。二体の泥人形がバチンバチンと鈍い音を立てながら素手だったり武器だったりで攻撃を施している。
セナは近づくよりも前にダガーを放って、一体の頭部へ命中させた。衝撃でよろめいた泥人形の背中に足をかけ、ダガーを引き抜きざまに蹴りを送りこむ。ついでにダガーを引き抜いた右手の手根部でもう一体の顔を横へ殴り払った。
真横へ吹っ飛んだ泥人形の左手首に赤い石を見つける。すぐさまダガーで突き刺せば、あっという間に砂となって消え失せた。
残すところあと一体である。
だが、セナが一手を打つよりも先にディクスがすでに駆けつけていた。先程の泥人形はどうやら無事に始末をつけたらしい。ディクスは無駄のない動きで最後の一体を蹴り飛ばすと、生み出した剣でザクザクと泥人形を刺し続けた。
「あいかわらず容赦ねえな」と苦笑しながら、セナはしゃがみこんでマリアに結界を解くよう命じる。最後の一体を消滅させたディクスがやってきて、すぐに治癒術を施してくれた。
「ありがとう、ディクス」
「警戒もせず先走るからだぞ」
「ごめん……」
しだいに痛みが和らいでいき、マリアは苦もなく目を開けた。が、心配そうなセナの顔が視界いっぱいに広がって、「んぎゃっ」と突き飛ばしてしまった。突き飛ばしたといっても、それはマリアのイメージだけであって、本当のところはビクともしなかったのだが。
セナから半眼を向けられたが、顔を見てしまったら心臓に酸素が追い付かなくなりそうなので意地でも視線をそらし続けた。
あの日ミサキから送られた素朴な疑問に、マリアは「無理!」と答えてベッドに逃げた。あれ以来、セナを見るとなんだか心臓が落ち着かない。「これはサル、ただのサル」と何度も心のなかで唱えてももう人間の男の子にしか見えない。それどころか以前よりも金色の瞳がキラキラ光って見えるのはなぜだろうか。
一方のセナは挙動不審に陥るマリアに一切のツッコミを入れず立ち上がった。あの事故以来、彼女が自分を避けるのは無理もない。ただでさえ、彼女は今重たい悩みを抱えているというのに、これ以上余計なことを背負わせたくなかった。だから徹底的になかったことにして接するのが、自分にできるせめてものフォローだと思っている。
そして今は正直、恋愛どころではないのだ。目の前にはリヴァルがいる。セナにとって憎悪の対象が。