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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第二十九話 最後の巡礼に向けて
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旧友





 コツンと靴の音が響いて、それからは静寂が訪れる。

 青白い光に包まれた幻想的な部屋を司教はゆっくりと眺める。

 目の前には高い天井まで延びた大きな円柱の台座がひとつ。その中ではマリア・クラークスのものと思われるダイヤモンドのペンダントが宙を泳いでいた。


 身の安全を確保するほど自分の命に頓着(とんちゃく)は持ち合わせていない。司教は躊躇うことなく台座へ向けて光の矢を放った。

 四つの小さな矢は円柱の光に触れるなり、ジュッと音を立てて蒸発した。ここまでは想定内である。



「私が派手に暴れまわる前に出てきなさい、リヴァル」



 警告ひとつ落として、反応を待つ。

 彼女ならば来訪者の存在などすぐに気がつくはずだ。


 やがて青白い壁から歪みが生じ、人影が飛び込んでくるのを確認するなり司教は氷の長剣を生み出した。現れた人物は四、いや五人。全員がセナ・ランジェストンに酷似していた。が、どれもが四肢は不揃い、顔のパーツは欠損だらけと不良品である。一番の相違は表情の欠如だ。活力に満ち溢れたあの生意気な瞳が、これらには一切存在していないのである。ならば恐るるに足らぬ。


 ひと振り。

 司教は最小限の動きで剣を横に振るった。

 剣の先から生まれた光の線は弧を描いて宙を引き裂き、人形どもの足を切断した。

 まるで人間のように赤い血を吹き出しながら崩れ落ちる人形を見下ろし、一体一体を細かく切り刻んでいく。やがて転がり落ちてきた赤い石とともに、それらは砂と化して消えていった。



「私は忙しいのです。聞こえているのでしょう、出てきなさい」



 二度目の警告を落としても彼女が出てくる気配はなかった。泥人形が侵入してきた穴は廊下へとつながっているようだ。司教は迷うことなく進んだ。

 長い廊下にはいくつものご立派なドアが立ち並んでいたが、直感を信じて奥へと突き進み、突き当たりの大きなドアを目指した。


 ドアを開ければ、中は広々とした謁見の間。そこに彼女はいた。



「謁見に参りましたよ、皇女様」



 玉座に腰掛け、穏やかに微笑む彼女の姿は三十年ぶりだというのに昔の面影をよく残していて、あまり動くことのない感情の波もわずかに揺れた。



「元気そうね、フォルシエル」

「元気に見えますか? あなたのせいでこんなに長く生きてしまいました。さっさと終わらせたくて仕方がないので、おとなしく死んでください」

「お断りするわ。どうぞお一人で死んでちょうだい」



 殺伐な会話を繰り広げながらも、互いにその顔は笑顔である。だがどちらかが少しでも動きを見せれば、ここはたちまち戦場と化すだろう。


 三十年前もこうして対峙した。リヴァルが最後の巡礼を終わらせたその時、自分は彼女の命を刈り取る立場だった。だが青き騎士に守られながら彼女は精一杯の抵抗を見せて、教会から脱出してしまったのだ。

 司教はその時の失敗の責を、こんな立場に置かれてもなお問われ続けている。否、問い続けているのは他でもない自分自身なのだが。

 ともかく、彼女を始末するまで自分は生き続けなければならないのだ、同胞の命をいくつもいくつも刈り取りながら。


 司教は巡礼には出ていない。なぜなら自分は始めから巡礼に立つ聖女として育ててもらえなかったからだ。優れた移動術と攻撃術は別の意味で評価され、自分は戦闘に特化した修行ばかりを強いられていた。おそらく国防のほうにまわされるのではないか、そう思っていた。

 親友のリヴァルとは同じ舞台に立つことはないかもしれないが、いつか必ず誰かの役に立とうと約束を交わし合った。


 だが、そんな自分に用意されていた初の任務は、同胞の殺戮(さつりく)だった。いやだと一言でももらせば逆に命を摘み取られてしまうような状況下で逃げ出すことは叶わず、赴いた場所にいたのは親友のリヴァルだった。

 二回。初の任務で自分が放った攻撃は、たったのそれだけ。一発はかわされて、一発はリヴァルをかばった青き騎士のマントをかすった。そうしてリヴァルは逃げおおせ、役立たずの自分は厳しい罰を与えられた。その後、自身の命と引き換えに多くの聖女たちを処分し続け、もともと起伏の少なかった感情はあっさりと消え落ちてしまった。


 いつか世界を救って故郷に帰りたいと言っていた親友もまた、世界を震え上がらせるただの殺人鬼になった。



「互いに救いのない三十年でした。もういいでしょう、リヴァル。ここらで終わりにしませんか」

「あら、一緒にしないでちょうだい。わたくしにはレインがいたわ。それに子どももできたの。だから死ぬわけにはいかないのよ」

「残念ながら息子のほうはあなたに会いたくないそうですよ」

「いいえ、必ず戻ってくるわ。だってレインとわたくしの子だもの。レインの代わりにわたくしを守ってくれるの」

「おや……。青き騎士は、死んだのですか?」

「ええ。あの子が盗まれた時に」

「盗まれた?」



 リヴァルはただ微笑んでいるだけで、答えるつもりはなさそうだ。対して司教もそこまで興味のある質問でもなかったため、追及の言葉は出なかった。

 青き騎士の死因も、セナの出自についても、どうでもいい。自分が欲するのはリヴァルの死、それだけだ。



「最後にひとつだけお聞きします。私に殺されるのと息子たちに殺されるのと、どちらがよろしいですか?」

「どちらもお断り……と言ったら?」

「では自分の仕事を(まっと)うするまでです」



 司教は手のひらをかざした。と同時に、まるで鏡のようにリヴァルも同じ動作をする。圧倒的な力の持ち主であるリヴァルと、殺傷術のプロフェッショナルである司教。攻撃はどちらからともなく始まった。






 

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