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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第二十九話 最後の巡礼に向けて
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深夜の男子会


 その日の晩のことだった。

 クリンは暗闇の中、何度も寝返りを打って何度も自分のため息を聞いた。とうとう寝ることを諦めて体を起こしたタイミングで、隣のベッドからセナの声がした。



「眠れねーなら夜釣りでも行くか」



 どうやら弟も眠れなかったらしい。ありがたい誘いに、クリンは二つ返事で了承した。






 半分に欠けた月が水面で揺れている。

 波の音しか存在しない世界には小舟がひとつ。その船に、クリンとセナは並んで座っていた。

 まだ手応えのない釣竿を気にしながら、クリンは数時間前の会話を思い出していた。


 泣き出してしまったマリアをなだめたところで、彼女の涙は(とど)まることを知らず、けっきょく話し合いは保留となった。

 マリアを追いつめてしまった罪悪感で胸は痛む。自分はまたしても選択を間違えたのだろうか。



「セナは、どう思う? あの話」

「んー」



 クリンの質問を受けて、セナは暗い海に視線を彷徨わせる。



「まあ、すぐに切り替えろってのが無理な話だよな。もう覚悟決めてたわけだし、今さら新しい選択肢を与えられてもなって、正直なところ俺は思った」

「でも……。その選択肢のおかげで未来に希望が出たじゃないか」



 聖女でなくなれば、マリアは処分されずに済む。リヴァーレ族もいなくなる。いいこと尽くしだと、クリンは思うのだが。



「どーだろ、俺はそれでもいいけど。頭で考えるか心で考えるかの違いじゃん? あのポンコツに頭で考えろってのは無理な話だろ」

「…………。『聖女じゃない自分に価値がない』……か」

「生まれた時から温室で育った飼い猫が、突然外に放り出される感じなんだろうなあ」

「……」



 『そのほうが自由でいいだろ』とマリアを突き放したことになるのだろうか。

 マリアだけではない。各地の教会に住まう聖女たちや、プレミネンス教会で修行を積んでいる聖女たちは突然聖女の力が失われたらどう思うだろうか。そしてネオジロンド教国はどうなってしまうのか……。



「やっぱり僕の選択は間違っていたのかな」

「でもアイツは猫じゃないしなー。外に放り出されても(たくま)しく生きていけそうなもんだけど」

「どっちなんだよ、もー!」

「ははは。悩め悩め」



 あっけらかんと笑う弟をギロリと睨み、クリンは釣竿の穂先に視線を戻した。

 選択が重い。そして怖い。



「いっそ父さんたちに決めてもらうってのはどうかなぁ」

「いいんじゃね? 不都合が生じた時に責任とってもらえるし」

「……その言い方は、ずるいぞ」



 まるで責任から逃れたいがために判断を押し付けていると言われているようだ。



「じゃあ言い方変える。俺たちがどの選択肢を選んでも、父さんは責任をとるつもりでいると思う。だから好きに考えていいんだよ。司教にだって言ってたじゃん、『子どもに責任はない』って。『取捨選択を迫るな』って」

「今まさに迫られてるけど?」

「ちげーよ、『選択する権利を与えられた』んだろ? 当然、選択しないという権利もあるわけだ。だから言ってるじゃん、大人に任せるのもいいんじゃないって」

「……なるほど。おまえって意外と物事を考えられるんだな」

「んだとてめえ」

「いた」



 セナに軽く脇腹を小突かれて、大袈裟に体をのけぞらせる。船が左右に揺れた。 

 気を取り直して、クリンは考える。セナの言うように、選択権を大人に譲渡するという手もある。そのほうがいいのかもしれない。間違えるのは怖い。だが、それで自分は本当に後悔しないのだろうか。大人になった時に、「あの時自分で考えていれば」と悔やむほうが、もっと怖いのではないだろうか。



「やっぱり……僕は自分で考えたいな。自分で考えて、責任を持ちたい」

「お。いいねぇ。らしさが出てきた」

「らしいってなんだよ」

「自信家でワンマンでひとりよがりなところ?」

「褒めてない褒めてない!」

「いてっ」



 脇腹を小突き返したら、船は先ほどよりも大きく揺れた。あわや転覆かと身構えて、「セーフ」と互いに顔を見合わせて笑った。



「セナ、さっきの話だけど」

「あー?」

「僕は自分の選んだことに後悔なんかしないよ。だから旅に出たことも間違いだったとは……思わない」

「……」



 こちらに視線を返すセナの瞳が、月明かりに照らされて金色に光っている。

 セナが出生の事実を知って苦しんでいる間、自分が旅になんか連れ出したせいでと後悔に苛まれたこともあった。だが、旅に出たからミサキやマリアに出会えたのだ。旅に出たから、多くを得たのだ。今、その得たものの重みで苦しんでいたとしても、いつか消化して必ず自身の血肉になるはずだ。だから旅に出たことは、絶対に間違いなんかじゃない。



「あれは必要な一歩だった。僕はそう信じる」

「……いいんじゃない。らしくて(・・・・)さ」



 セナの横顔には笑みが広がっていた。だから、彼に対して「すまない」と思うのは、もうやめた。



「旅に出よう。最後の巡礼に……道中、四人で考えようよ。今までだってなんとかやってきたじゃないか。きっと僕たちなら答えが出せるよ」

「それもいいな。普通の家庭料理にも飽きてきたし」

「でたよ、食いしんぼう」

らしい(・・・)だろ?」

「らしい、らしい」

「んじゃま、明日にでもペンダントの回収に行っちまうか」

「エサが置いてあっても罠だからな。かかるなよ?」

「野生動物か俺は!」



 また馬鹿みたいに小突き合って、笑い合う。それからもくだらない話を織り交ぜたりして、二人は夜をやり過ごした。

 夜釣りは結局ボウズに終わったけれど。








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