前者か、後者か
どれほどの沈黙を共有したのか。やがて先頭を切って希望を口にしたのは、クリンだった。
リヴァルの命を絶つか。聖女に巣食う生命体を絶滅させるか。
「僕は……リヴァルさんには世界をめちゃくちゃにした責任を取ってもらうべきだと思う」
「へえ」
前者を選ぶのかと、意外そうなセナの声を受けて、クリンは続けた。
「でもそれは大人にやってもらいたい。マリアに背負ってほしくないしセナの手を汚す価値もない相手だ。セナとマリアが巡礼のあとに生き延びるためにも、僕は聖女の力を断つべきだと思う」
クリンが選んだのは、後者だった。
世界のためなどという殊勝な目的があったわけではない。ただ前者を選べば自分の矜持を守れない、そう思ったからだ。つまり消去法である。
大人たちはクリンの提案にイエスともノーとも言わなかった。どうやら今は子どもたちの議論を見守ると決めたらしい。
「セナはどうかな?」
「俺は……クリンに任せる」
「おまえは、また……」
あっさりと議決権を放棄したセナを睨んでいると、次にミサキから意見が上がった。
「聖女たちが解放されれば……第二のリヴァルさんが生まれることはないのですよね。無理やり故郷から引き離されて生き方を定められ、最後には殺されてしまうなんて……あんまりです」
「じゃあミサキも僕の意見に賛成でいいのかな?」
「はい」
ミサキの同意も得て、残すところはマリアである。
「あたしは……」
全員の視線を一身に受けて、マリアの目線はどんどん下がっていく。定まらなかった視点はやがて自分の膝に落ち着いた。
「司教様に相談しちゃ、だめかな……」
「やめたほうがいいと思う。あの司教さんだよ? 都合が悪いとなったら、口封じにマリアとコリンナさんが殺されてしまうかもしれない」
「そんな……」
クリンの意見にそんなことはないと言いかけて、マリアはアレイナのことを思い出して口をつぐんだ。仕事のためならば、司教は簡単に人の命を奪える人だ。
「マリア自身の考えはどう?」
「……」
クリンに促され、マリアは目を伏せたまま、しばらく考え込んでいた。
「あたしは……いやだ」
「……」
全員の視線は動くことなく彼女の続きを待っている。だが、マリアはそれ以上の言葉が見つからないのか、口を開きかけてはキュッと結んだりと、落ち着きを見せない。
その姿を観察しながら、クリンは考える。
彼女からしてみれば、せっかく覚悟を決めたのに今さら迷わせないでほしいといったところだろうか。
「マリア。どちらを選んでも、リヴァーレ族は滅びる。君の任務に支障はないよ」
「それは……そうだけど」
「君がアレイナさんの術を引き継いでから、夜あんまり寝られないのもミサキから聞いてる。これからもそれが続くなんて苦しいんじゃないか?」
「それも……そうだけど」
なるべく彼女の心に寄り添いながら説得を試みたが、あまり手応えは得られず。少し置いてみれば言葉があるだろうかと待ってみても、彼女から発せられることはなかった。
クリンは議論にならないことに歯がゆさを感じつつ、さらにこちらのメリットを提示した。
「それにアレイナさんやトーマさんのこともある。今も追手から逃げ隠れしているんだよね。マリアなら救ってあげられるよ」
「……」
ついには返事までこなくなってしまった。マリアが頑なに拒む理由はなんだろう。聖女たちから恨まれるのを心配しているのだろうか。
「マリアにだけ罪を押し付けるつもりはないから、儀式の後のことは心配しなくていい。父さんたちだって力になってくれると思うし」
確認して父のほうを見れば、両親もコリンナも力強くうなずいてくれた。
「プレミネンス教会から解放されたら、マリアだって好きな人生を歩めるよ。どこにでも行ける、この村に住んだっていい。どうだろう?」
「…………」
そのあとは、あえてマリアの言葉を待ってみた。みんなからの視線は決して答えを急かすようなものではなく極めて温かいものだったが、マリアはずっと下を向いたままその視線を避け続けていた。
「マリア」
隣にいるミサキがゆっくりとマリアの背中に触れた。そのタイミングで、マリアの瞳から大粒の雫がこぼれ落ちた。
「……っ。ごめ……」
両手を顔に押し当てて涙を隠すマリアを見て、クリンの胸はナイフでひと突きされたかのように痛んだ。まさか泣かせてしまうなんて思わなかった。
「ごめんなさ……でも……。あたしはやだ……、聖女じゃなくなるなんて怖いよ。聖女じゃない自分に、……価値なんかないもん」
「マリア」
「お願い。あたしから……生きる意味を奪わないで……」
「……」