研究結果
──聖女が持つ血液成分の中に、生体反応が見られた。
コリンナからそう告げられて、ランジェストン家にそろった一同は三者三様の反応を見せた。
ルッカとクリンはその重要性をいち早く理解し、顔をこわばらせている。
「……それって、とんでもない大発見じゃないですか」
「そうね。学会で発表すれば私は歴史に名を残すことになるわね」
「その前に教会から暗殺されそうだがな」
「ちょっとハロルド。怖いこと言わないでちょうだい」
ソファに腰掛けたコリンナはぶるっと体を震わせ、入り口付近で立ったままコーヒーを飲んでいるハロルドを睨んだ。
しかし向かい側のソファに腰掛けたマリアはよくわからないという表情をしている。
「生体反応って、どういうことですか? あたしたち生きているんだから、当たり前なんじゃ……?」
「違う違う。そうね……例えで言うと、ウイルスのようなものよ。ただウイルスと違って感染力はなく、増殖もしないようだけれど。イメージは近いんじゃないかしら」
「ウイルス……」
「ええ」
初歩的な意味を理解したらしいマリアは単純に驚き、ダイニングテーブルに座って足をぶらぶらさせているセナは、その原因を尋ねた。
「感染すると聖女になっちまうってことか? 感染経路は?」
「正直、不明よ。でも遺伝じゃないことは確かね。そしてこれは推測の域を出ないのだけれど……私は風土病のようなものじゃないかと考えているわ」
「風土病〜?」
「ええ。それも一部のエリアだけではなく、この世界全体の、ね」
まったくの想像に近い話だ、と前置きし、コリンナは自身の研究結果を語った。
最初に生命体の存在に気がついたのは、まだラタンにいた頃、セナの血液に含まれている成分を調べていた時だ。しかしその生命体がなんなのか、単体で検出することが不可能だったため調べることができなかった。
その後、ここへ移ってからリヴァーレ族とセナの関係を聞き、その生命体こそが聖女の力の持ち主なのではないだろうか、と考察した。それを立証するためマリアの血液を採取すれば、やはりそこには同じ成分が含まれていた。これは聖女全員の血を調べる必要がある。コリンナはそう思った。
「ちなみに司教さんの協力で、司教さんと他三名の聖女にも採血させてもらったんだけど、全部同じ生体反応が見られたわ」
「はぁ!? あの司教がよく許したな?」
「ちょっと楽しそうだったわよ」
「……」
なんでもない顔でそう言い放ったコリンナに、セナは顔をひきつらせている。もしかしてコリンナはなかなかのツワモノなのかもしれない。
話は逸れるが、そもそもなぜ泥人形が赤い石を抜き取ると砂になってしまうのか。コリンナはふとその疑問にかられ、ルッカへ頼みに頼んでセナ専用の薬草が自生している場所、もといセナを産んだ泥人形が眠っている場所を調べさせてもらった。
驚いたことにその土の中には聖女たちの血液と同じ成分が含まれていて、それにも生体反応が見られた。おそらくリヴァーレ族はこの生命体の集合体なのだろう、と結論づけるのは早かった。
仮定の話だ、もしもその生命体が空気中に飛散し風に乗って地面へ還ったとすれば、その大地で育まれた植物にはその成分が含まれることになる。それを口にした者の中で、体質的な要因など特定の条件下に置かれた女性のみが、聖女としての力を発揮するのかもしれない。
「多少無理のある推論ではあるが、一応の筋は通っている。私も異論はない」
ハロルドの後押しもあってその推論に反対意見は出なかったが、ミサキは別の角度から疑問を抱いたようだ。
「ひとつ疑問なのですが……怪我を治したり、一瞬で世界を移動できたり、雨を降らせたり……聖女の力は人智を超えていますよね。それは、その生命体がもともと持っている力ということなんでしょうか」
「ええ、おそらくは」
「それって……。おそろしいことではありませんか? もしもその生命体が意思を持ち、人の体から離れ個体で活動するようになったら……」
「そう。間違いなく人類の脅威になるわね」
「…………」
ことの重要性を全員が理解し、大勢いるはずのリビングは重たい静寂に包まれた。
誰もが口にはしなかったが、その生命体が万が一別の生物──家畜か、植物か、とにかく人類ではない別の生物を宿主にし始めたら、それこそ生物兵器がそこここで誕生してしまうのだ。そこに人間の倫理は期待できない。
「まあ、今のところその予兆もないし、魔女と言われていた大昔から続いていることだもの。おそらく人間以外に巣食うことはできないんだと思うわ。だから、心配しすぎることはないと思うの。ただ、ワクチンのようなものは作っておくに越したことはないわね。リヴァルさんのこともあるし……誰もが聖女になりたいかと言われれば……決してそうではないもの」
「聖女じゃない、別の生き方も選択できるってことか」
セナがうんうんと納得するのを横目に見ながら、クリンはなぜこの話を今、ここでしたのかを理解した。
「……父さんたちの言いたいことが、わかったよ」
全員の視線が集まる中で、クリンが見つめた先はマリアだった。
「最後の巡礼で消滅させる命を選ばなきゃいけない。リヴァルさん一人を殺すのか、聖女に巣食うその生命体を絶滅させるのか」
「……」
マリアは不安げにその瞳を揺らしている。隣でミサキが肩を支えてやり、ディクスもじっとマリアを見つめている。
クリンは再びコリンナへ視線を投げた。
「コリンナさん。もしも後者を選んだ場合、聖女のかた達はどうなりますか。……死んでしまうというようなことは」
「可能性は低いわね。血液中に含まれているその成分は、本当に検出が難しいほど小さくて、わずかな数なのよ。人体に影響をおよぼすほどではないわ」
「そうですか……」
「ただ、聖女の力が失われるということは……わかるわね。ネオジロンド教国……いいえ、世界中が大混乱に陥るわよ」
「…………はい」
それは世界がひっくり返ってしまうようなとんでもない出来事である。聖女がこの世から一人残らずいなくなるのだから。
「これは……真剣に考えなきゃいけないな」
「そうだ、どちらを選んだにせよマリアさんが一番苦しむことになるのは確かだ。だからこそ、マリアさん一人に決定を押し付けず、全員が納得できるまでとことん話し合ってほしい。巡礼の教会にたどり着く、最後の瞬間まで」
父の声に返事ができる者はいなかった。
ここにきて落とされた深刻な事実。投げかけられた重大な選択肢。とてもじゃないが、気軽に「こうしよう」などと口に出せるわけがなかった。