教会への提案
ここでクリンは本題に切り込んだ。
「僕たちからのお話というのはこのことです。次にリヴァーレ族が出現する前に、プレミネンス教会が表立って対策を施してくださいませんか」
「……対策?」
「はい。問題なのはリヴァーレ族がどこに出現するのか予想できないことです。なので、青き騎士の復活と同じようにプレミネンス教会が世界中に情報を発信してください。青き騎士はネオジロンド教国にいる。間もなく巡礼を終わらせると」
「それでは我が国は火の海です。当然、それに対しての策は御用意してらっしゃるのですよね?」
「もちろんです。司教さん、現在ネオジロンドに結界術を施せる聖女は何人いますか?」
「まさか……ひとつひとつの都市に結界を張れとおっしゃるんですか?」
「はい。リヴァーレ族が出現してからでは遅いので、シェルターのように先に作っておくんです。生活に影響ないよう、人の通行は可能で、術だけを通さない結界を」
「バカな……そんな術が」
「マリア」
「うん」
クリンに促され、マリアは立ち上がると広いスペースに立って、自身に結界を施した。そこへクリンが難なく立ち入り、少し離れた場所からディクスが氷のつぶてを投げる。もちろん結界によって氷のつぶては弾かれてしまった。
「このとおり、練習すれば可能です。リヴァルさんがリヴァーレ族を遠隔操作するのは、とても疲弊するそうですよ。なので結界を破ったりなどの複雑なことはできないかと。また、結界の中にリヴァーレ族が出現する可能性も考えましたが、移動術も効果がうち消されてしまうのでどうやらその心配もないようです」
クリンの説明を聞きながら、司教は結界をじっと見つめている。
マリアはこの日のためにディクスと訓練を重ねた。ここで失敗してしまえば交渉が台無しになってしまう。そのプレッシャーはなかなかのものだったが、うまくいったようだ。
「もちろん、リスクは伴うでしょう。ですが、このまま放置し続けるよりかは損害が少ないと思うのです。世界にとっても貴国にとっても」
「……。ふ。リヴァーレ族の生みの親が聖女であることを黙っている代わりに面倒を引き受けろというのですね。脅しではありませんか」
「そう受け取っていただいてけっこうです。ですが、プレミネンス教会には責任があるはずです。リヴァルさんをここまで追い詰めたのは他でもない、あなたたちなのだから」
司教はちらりとディクスに目をやった。
「先ほどから気になっておりましたが……アレは?」
「セナの妹です。リヴァルさんの城で、仲間に引き入れました」
しれっとハッタリをかましたが、仲間うちには打ち合わせしてあるので全員動揺することはなかった。そのせいか、司教はあっさりと受け入れたようだ。
「なるほど。あなたがたの言い分は理解しました」
「では……」
「ですが、その交渉はずいぶんと都合が良すぎるかと」
「……」
都合が良いとは、どういう意味か。質問の代わりに視線を投げて、続きをうながす。
「こちらにばかり責任を押し付けたいようですが、あなたに責任はないのでしょうか、セナ・ランジェストン殿?」
「……俺かよ」
「なぜ近頃のリヴァーレ族があなたにそっくりなのか、理由をお聞きしておりませんが」
「……」
理由など、この司教にならとっくにわかっていることだろうに。このサディストはこちらの口から言わせたいらしい。
「親バカだから息子を引き取りたくて仕方ないんだろ」
「でしたら行ってさしあげたらいかがです? それで家庭は円満、世界は平和となるのなら、もう解決方法は出ているのでは?」
「人に巡礼行け行け言っておいて、よく言うぜ」
「リヴァルの居場所がわかったのなら、もう結構。あとのことはこちらに任せて、どうぞ親孝行なさってください」
「冗談じゃねえよ。こっちにだって選ぶ権利がある」
「ですから申し上げているのです。それを選んだあなたに責任はないのですか、と」
「……」
「はは」
セナの舌打ちは、笑い声にかき消された。全員の視線がハロルドに移ったところで、彼は「ああ失敬」と咳払いした。
「あまりに幼稚な会話だったもので、つい。大の大人が少年一人に責をなすりつけて自らの安寧をはかろうとは、実に滑稽だ。子どもに責が? あるわけないでしょう。ばかばかしい」
「そのとおりだわ。責任転嫁もいい加減にしていただきたいものね。わたしたちラタンは多くを奪われた。国の名を挙げて責任を追及したいところを、穏便に済ませようと足を運んだのですよ」
コリンナの援護射撃を受け、父はさらに言葉を続けた。
「大司教殿。あなたは政治的責任能力もない少年に対し人生の取捨選択を迫り、世界の人柱にしようとしていらっしゃる。よろしいですか、これは国境を超えた世界レベルの防衛会議なのです。あなたの発言がプレミネンス……いえ、ネオジロンド教国を代表する発言であると、どうかご自覚願いたい」
「……なるほど、軽率な発言だったようです。撤回いたします」
うやうやしく頭を下げた司教は、それでも笑顔を崩さなかった。
しかし、やはり大人に頼って正解だったとクリンは思った。父はアルバ王国の代表として、コリンナは被災地であるラタン共和国の代表としてこの場にいる。非公式な会議とは言え、言葉の影響力は立場によって変わってくるものだ。個人で挑んだとしたらこうはいかなかっただろう。
「ご理解いただけたなら結構だ。それから息子の名誉のために申し上げますが、息子は出現するリヴァーレ族をあなた方が傍観している間にもすべて撃退しております。彼にかかる精神的な重圧は相当なものです。私が今アルバ王国の代表者としてここにきていることを、あなたは感謝するべきだ」
「……胸にとどめておきましょう」
「では、会議を進めましょう。先程の結界術を施すという案について、そちらの意見をうかがいたい」
ホントは親バカ大国の代表者よねー……と横にいるコリンナからのツッコミをスルーしつつ、ハロルドは話題をもとの位置へと軌道修正した。