いざ、プレミネンス教会へ
その門をノックしたのは、クリンだった。
風格のある大きな門の奥には、厳かな雰囲気をまとった教会が見える。いつぞやはマリアの小屋にだけ立ち寄った。だが、今日は正門から堂々と名を挙げて通ることを許されている。
案内人は名前を確認するなり門の中へ通してくれた。大勢での来客となってしまったが、それもすでに了承済みである。
さすが教会総本山と言うべきか、庭園は木一本とっても美しく隅々まで手入れが施されており、かと言って華美ではない奥ゆかしさを感じさせる。静謐なホールから長い廊下を案内され、しばらく歩いたのち、たどりついたのは格調高い応接室。ここがただの来客用の部屋ではないことは、室内のインテリアを見ればわかることだ。
座り心地の良いソファには、奥からミサキ、マリア、クリン、ハロルド、コリンナ、ディクスの順に座っている。セナとジャックは騎士ということで、立ったままでいることを選んだ。
プレミネンス側には侍女なのか見習い聖女なのか、質素な服を着た女性が三人ほど脇に控えている。
「おまたせいたしました」
飲み物を用意され、待つこと数分。ようやく部屋に入ってきたのは司教一人だった。
「失礼ですが、おひとりですか? 教皇様に御目通りを求めたはずですが」
口火を切ったのはクリンだ。司教はにっこり微笑むと、うやうやしく頭を下げた。
「本日はご足労いただき感謝いたします。初対面の方もいらっしゃいますので、ご挨拶を。わたくしはここプレミネンス教会の大司教を務めておりますフォルシエルと申します。以後お見知り置きを」
「へー、ババァそんな名前だったんだ」
横槍を入れたのはセナだ。すかさずマリアが「ちょっと」とたしなめて、ハロルドがゴホンと咳払いをした。
「謁見許可をいただき感謝します。医師のハロルド・ランジェストンと申します。本日はアルバ王国より正式な使者として参りました」
「コリンナよ。ラタンで研究者をしているわ。こちらもラタン共和国最高議長から一筆もらってるわよ」
大人二人が国家を担った正式な使者であると告げ、司教は小さく頷いて見せた。
「ええ、先日いただいた文書で確認しております。リヴァーレ族殲滅についてはわたくしに一任されております故、ここに教皇の姿はございませんがご容赦ください」
「けっこうです。まず、先日息子があなたに怪我を負わせたそうで……そのことについては謝罪をさせてください」
「……ああ。そんなこともありましたか。ほんのお遊び程度のかすり傷、どうかお気になさらず」
「それは良かった。こちらとしても息子が良い勉強をさせていただいたようで、感謝しております」
ハロルドと司教がそれはそれはにこやかに対話しているのを眺めて、本音と建前の温度差にマリアは身震いした。話の中心であるセナは当事者であるとわかっているのかいないのか、すでにあくびを一発かましている。
「さて。それではおうかがいしましょう。なにやらそちらからお話があると」
「はい」
促され、口を開いたのはクリンだった。
「司教さん、リヴァルさんにお会いしましたよ」
「……」
そのたった一言で、司教の目の色は確実に変化した。
「彼女はどこに?」
「今はまだ教えられません」
「……。それで?」
「リヴァルさんがリヴァーレ族の生みの親であると、司教さんはご存知だったんですね?」
「ええ」
「僕たちに教えてくれなかったのには、理由がありますか?」
「セナ・ランジェストン殿が、リヴァル側の人間かどうか最後まで判断がつかなかったので」
「俺が?」
「ええ。リヴァーレ族殲滅の任についているマリア・クラークスが、リヴァルと恋仲だった男の息子とともにいる……とても偶然とは思えませんでしたし。あなた自身に企みがなくても無意識に操られている可能性もありましたので。不快な思いをさせたのなら謝罪します」
「おまえが不快なのは今に始まったことじゃねーよ」
「セナ」
「はぁーい、すいませーん」
父からの圧を受けて、セナは悪びれなく謝る。一方の司教も追及されている側だと言うのに、その顔は涼しげだ。
「司教さんは執拗に青き騎士を探していましたが、すべてリヴァルさんを誘き寄せるためだったんですよね?」
「ええ。リヴァルの聖女の力は、誰にも探知ができないのです。マリア・クラークスなら理解ができるのでは?」
「はい。リヴァルさんの宮殿は聖女の力で作られたものでしたが、ほんのわずかですら聖女の力を感じることができませんでした」
「宮殿、ね……」
うっかり情報を与えてしまったことに気づき、マリアが「あ」ともらして、セナが「出たよポンコツ」とぼやいている。しかし与えた情報は大したことではないので、クリンは気にせず話を続けた。
「司教さんはリヴァルさんを探し出してどうされるおつもりだったんですか?」
「もちろん、処分するつもりです。巡礼中の聖女など、ちっともあてになりませんので」
「なるほど……」
クリンが納得しているのをじっと見つめ、司教はクリンの言葉を待った。
「リヴァルさんが、各地にセナそっくりのリヴァーレ族を放っているのはご存知ですか」
「……ええ、存じておりますよ」
その答えには、それぞれが眉をひそめた。
知っている。それなのに、プレミネンス教会は今まで動きを見せなかったというのか。
「では聞きますが、プレミネンス教会はこの事態をどう受け止め、どう対処なさるつもりですか?」
「由々しき事態だとは認識しておりますが、今はまだ注視している段階です」
つまり何もしていない、ということだ。