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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第二十六話 ランジェストン家での休息
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誕生日


 クリンが十七歳になった。

 例年、両親は仕事に忙殺されておりお祝いはささやかなものであったが、今年はお客様もいるということで、思ったよりも豪華なパーティになった。


 部屋の飾りつけをミサキとマリアが、ご馳走は母が(セナを強引にこき使いながら)用意してくれた。ディクスもミサキたちの後ろをついて回って、たくさん手伝ってくれたそうだ。




 みんなが準備をしている間、暇をもて余したクリンは久しぶりに友人に会いに行った。

 ここへ帰って来た当初、村の人たちが一目会おうと訪ねてきてくれたのは知っている。だが「旅の疲れが出て体調不良だ」と両親がうまく断ってくれていた。

 自分たちはどうやら遠い親戚の家に遊びに行っていたことになっているらしく、家出のことはバレていないようだった。

 だが帰って来たというのに長く引きこもっているわけにはいかないので、簡単に顔だけ見せて、事情があってもうしばらく日常から離れるということだけ伝えた。


 両親はセナのこともあり、しばらくの間診療所を休診してくれている。とは言え急患があった場合は往診しているので不在の時もあるが、今日は休んでくれた。




 クリンはジャックのアドバイスに従って、両親へ感謝の手紙を贈った。何も用意できなくて申し訳ないと言った自分に反して、両親はとても喜んでくれた。そんな両親からの贈り物は三色の万年筆セットだった。黒以外のインクなんて、あまり見たことがない。これは勉強に役立ちそうである。


 さらにはミサキとマリアから手作りの焼き菓子までもらってしまい、十七歳の誕生日は人生で最高の思い出になったと思う。


 ただひとつ残念だったことがある。今年はセナの魚料理が食べられなかったことだ。セナは魚が好きなクリンのために、毎年海や川で魚を釣っては(さば)いてくれていた。なかでもトマトと海鮮スープで煮込んだ白身魚のソテーは最高だった。


 だがあの日以来、セナは食欲が落ちてしまって、一口も食べれられない時もあるほどだ。無理して口に運べば嘔吐をしてしまうため、父から幾度も点滴を施されている。おそらくセナは本能的に、生きるための行為を拒絶してしまっているのだろう。

 あの食いしん坊が食にいっさいの執着を見せなくなるなんて驚きだ。そう茶化してやりたくても、今はそれすらもできない。

 こんな豪勢な食事もプレゼントも、一生いらない。だからセナに笑顔を返してほしい。クリンはそう考えては、せっかくみんなが祝ってくれたのにと小さな罪悪感に苛まれた。



「一ヶ月後にはセナの誕生日だな」

「そうね。今年のプレゼントは何がいいかしら」



 みんなが集うリビングで、父と母は毎年恒例のその言葉を口にしていた。いつもならここで「ステーキ!」だの「現金!」だのうるさいセナだったが、今年は「別にいいよ」と静かな一言。それでも返事が返ってくるようになっただけマシなのだ。

 そんなセナに、母は「楽しみにしててね」と優しく微笑んでいた。


 セナの誕生日は、ランジェストン家に到着した日だ。その日も両親は、毎年クリンとなんら差を感じさせないお祝いを用意している。

 クリンにとっては当たり前の光景であったが、両親はセナに養子という事情を感じさせないよう最大限に気を遣っていたのかもしれない。いつ本当の両親のことや生まれた時のことを問い詰められるのかと、さぞやビクビクしていたことだろう。


 今年はきっと、例年どおりとはいかないのかもしれない。だからこそクリンは思う。必ず例年よりも素晴らしい一日にしてみせると。





「君たちには、伝えておきたいことがある。リヴァルさんのことなんだが」



 夕飯も終わってまったりした時間が流れた頃合いで、父が「せっかくの誕生日だが、いやだからこそ」と切り出してきた。



「君たちはリヴァルさんのお城で、とても怖い思いをしたと思う。だが、私はリヴァルさんの‘その行為’じたいは決して間違ったことではないと思うんだ」

「……」



 全員が、あの時のことを思い出したのだろう。ミサキとマリアは目を伏せ、セナの目には暗い色が増した。クリンだけは父の言いたいことを理解したが、あえて言葉は発せず父が続けるのを待った。



「臓器移植は人の命を救い、代理出産は命を育む行為だ。腹部の切開も、セナは『切って出した』と言ったが自然に分娩できないケースが生じた時に母子に負担がかからないよう守る手段にもなりうる。今はまだ研究段階だが、近いうちそれらは実用化されていくだろう。それらの‘行為’そのものを悪とは思わないでほしいんだ」

「……」

「しかしどの行為でも忘れてはいけないのは、『命に敬意を払えているか』どうかだと思う。おそらくリヴァルさんの行為にはそれが感じられなかったのだろう。だから君たちが恐怖を感じたのではないだろうか」



 クリンは目を閉じた。金属をこすり合うような泥人形の悲鳴が、今でも簡単に脳内で再生できる。

 


「生かし生かされた命や、産み落とされた命に罪も優劣もない。それはとても尊い命だ。それを……忘れないでおいてくれないだろうか」



 父の言葉に、各々は神妙な表情を浮かべながらも黙って頷く。感じたことはそれぞれあるだろうが、言葉にすることはなかった。セナはどう思っただろう。彼の横顔からは感じ取れるものはなかったが、きっと父の想いは伝わったはずだ。


 クリンはディクスの左腕を見た。あの時、自分は気軽な感覚で『何か作ってみよう』と言った。父の言葉にはあれに対する戒めもあったのかもしれない。

 命に敬意を払い続ける。人が生きていく上で、絶対に忘れてはいけないことだ。クリンは父の言葉を胸に刻んで、自分の生まれた日にこそ教えを説いてくれた父に感謝した。






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