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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第二十五話 絶望の淵で
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両親の想い


 そこまでの話を聞いて、クリンは隣のセナを盗み見た。セナの心にも何か響くものがあったのではないかと思ったが、その表情は暗かった。



「その時のセナはとても衰弱をしていた。助けようと言ったのはルッカだった」



 セナの様子を気にしながらも、父は話を続けた。



「思いつくままに母乳を与えて、沐浴と着替えをして低体温から回復させた。驚いたことに、片目の赤い光は徐々に消え失せて金色に変わった。クリンがとてもセナを気に入ってな。そこに自生していたセンナの葉を見つけて、セナと名付けてしまったんだ」

「……僕が名付け親だったんだ」

「ああ。それをきっかけに、ルッカはセナを引き取ると決めた。だから、わざわざ引き取ったというよりは、本当に偶然の出来事だったんだ」



 父は冒頭のクリンの質問に答える形で締めくくった。



「僕がセナを気に入ったから我が子にしようって? ……本当にそれだけ?」

「どういう意味だ?」

「……」



 父は本当に意味がわからないという顔をしているが、クリンの脳内ではコリンナの言葉が再生されていた。



「クリンは……私に何か大きな悪事を企てていてほしいようだな」

「そんなんじゃ……」

「いいさ。お前たちは今、とても混乱している。そしてたくさん傷ついている。何を信じていいのかわからないのも無理はない」

「……」

「だが、嘘は言わない。あの時ルッカも私も、セナをそのまま放置するという選択肢はなかった。それは私が医者という職業だからではない。私たちにはお前がいたからだ、クリン」

「僕?」

「そうだ。私たちは親だ。命をかけて我が子を守ろうとした親の気持ちは痛いほどよくわかる。同じ親として、あのリヴァーレ族の気持ちを無視することはできなかったんだ」

「……」



 親が子どもを想う気持ちというのを、当たり前だがクリンは文字や想像でしか知らない。

 だが、今の言葉に嘘はないように思えた。いや、信じたかったのかもしれない。自分の親が打算なくセナを受け入れてくれたのだということを。



「なんで……」



 そこで、ようやくセナが重たい口を開いたので、クリンは思わず息をのんでしまった。



「なんで今まで黙ってたんだよ。全部知ってたくせに」

「……」



 セナの質問はもっともだ。

 幼い頃から優れていた身体能力と自然治癒力、徐々に垣間見せるようになった凶暴性。それがすべてリヴァーレ族の性質を受け継いだせいであると、この両親は知っていたはずだ。

 それなのに、クリンとセナが何度尋ねても知らぬ存ぜぬを繰り返してきた。



「教えてくれていれば旅になんか出なかった。そうすればリヴァルに出会わなくてすんだのに。俺たちがあんな目にあったのは全部二人のせいだろ」

「……すまない」

「謝れって言ってんじゃねーんだよ!」



 セナが手付かずのティーカップを薙ぎ払った。ガシャン!と派手な音を立て、それは床に落ちて割れた。



「なんか理由があるんだろ。研究か? 生態観察のためか? 今さら何を聞かされても驚くようなことはひとつもねえよ。全部正直に話してくれよ」

「理由なんて単純だ。セナに知ってほしくなかった。それだけだよ」

「なんで?」

「では逆に聞くが、おまえは知りたかったか? 自分の出自を。聞いて素直に信じられたか? 傷付かずにいられたか?」

「……」

「知って、傷ついてほしくなかった。そして他人にも知られるわけにはいかなかった。万が一誰かの耳に入ったら、お前がひどい目に遭ってしまうかもしれない。だから……この秘密は墓場まで持っていこうとルッカと誓ったんだ。けっきょくは知られてしまったが……」

「黙っていてごめんなさい。でもね、あなたたちが大切だったのよ。傷ついてほしくなかった」

「こんなことになってしまって、本当にすまなかった」



 両親が謝罪を繰り返すのを、セナはハンッと鼻で笑った。



「大切だった? ……嘘だろ、なんでそう思えるわけ? 泥人形の腹から切って出しただけの肉の塊だ。化け物じゃん」

「セナ」



 セナの卑下た物言いを、クリンはたしなめる。父も眉を寄せていた。



「俺ならそんな気色悪い生き物、裏がなきゃ絶対引き取らないね」

「セナ、そんなふうに言うものではない」

「いっそ海にでも投げ捨てちまえばよかったんだ、こんな化け物」

「……っ」



 次の瞬間には、乾いた音が部屋に響いた。

 頬に鈍い衝撃を受けてジンジンと痛みが広がっていく。横向きになった顔を戻せば、セナの目には父の悲しそうな顔が映った。

 父が、いや、両親が自分たちに手をあげたことなど一度もない。



「セナ。今、お前は自分自身のことをどんなふうに捕らえていいのかわからなくて悩んでいると思う。だが、お前は化け物なんかじゃない。そんなふうに自暴自棄になるのはやめなさい」

「……ハロルド」

「わかっている、叩いたりしてすまなかった」



 母の静かな叱責に、父は深い息を吐いて座り直した。


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