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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第二十五話 絶望の淵で
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疲れた。


 鎮静剤が効いて眠り始めたセナは、クリンの抵抗も虚しく、大人たちの手に渡った。

 セナの傷はすべて回復し、今のところ異常はないらしい。体に限っての話だが。


 治療の最中に侵入し、患者から勝手に刃物を抜き取ったことをきつく説教されて、──でもそうしなければセナは助からなかったではないかと心の中で反論しつつ──クリンは素直に謝罪した。今はミサキたちとともにベンチで待機中である。


 さきほどまで少女が座っていた真ん中の席を借りて、今後のことを考えなければとなんとか思考を巡らせては、胸に沈む重たい何かに引っ張られて考えがリセットされる。何度かそれを繰り返したあとは、もう考えるのを放棄した。

 とにかく、疲れた。



「どういうことか説明をして」



 ぼんやりしているクリンの頭上から、コリンナの厳しい声色がおりてくる。見上げれば、目の前でコリンナと父が対峙していた。



「セナが言っていた化け物(・・・)ってなんなのかしら?」

「……すまないが、ここで話すことはできない」

「いったいいつまでとぼけるつもり? あなたは保護者でありながら、子どもたちを不安にさせて放置したあげく、今この状況下でも黙秘を貫くと言うの? ずいぶんとお粗末な育児をしていらっしゃるのね」

「……」

「ハロルド・ランジェストン博士。あなたの知っている情報を今ここで開示するべきだわ」



 父を詰問するコリンナの口調は静かなものであったが、ひしひしと不信感が伝わってきた。



「ひとつ、あなたがここに来た理由をあててあげましょうか。あなたは私の研究を邪魔しに来たのでしょう? いいえ、ひょっとしたらセナについての研究すべてを抹消するつもりで私の研究室を訪ねてきたのではなくて?」

「……」



 クリンは父を見上げた。父は否定することなく、ばつが悪そうに目をそらしている。これではコリンナの言葉を認めているようなものではないか。



「あなたはそれでも親? セナを助けたいとは思わなかったの?」

「……」

「まさかとは思うけど。あなた、セナを使って悪いことを企んでるんじゃないでしょうね? だとしたら、私はラタンの医学者としてあなたを告発しなければいけないわ」

「私が? 冗談だろう」

「だったらここで聞かせてちょうだい。あなたはセナの出自について何かを知っていて、異常体質である彼を引き取った。子どもがいない夫婦ならまだしも、嫡子であるクリンがいるというのに。普通じゃないわ。何か企みがあると考えるのが道理でしょう」

「コリンナ、やめてくれ。子どもの前だ」

「あら、子どもの前では話せない内容なのね?」

「違う。なぜ、そうなるんだ」


 

 大人たちの言葉の応酬が飛び交う中で、クリンはすっとベンチから立ち上がった。



「やめてください。もうたくさんだ」

「クリン……」



 こちらの言いたいことを理解したのか、コリンナは眉を下げ、父もうなずいた。

 やっと静かになって、クリンは再びベンチに腰を戻した。上半身を前方に深く傾ける。膝の上で肘をついて、組んだ両手に額をつければ、思わず震えたため息がこぼれた。



「マリア。頼みがあるんだけど」

「……ん?」

「僕らを……故郷のフェリオス村まで連れてってもらえないかな」



 左隣からマリアの、そして右隣からはミサキの視線を一身に受ける。

 マリアはその短い会話でこちらの心情を深く理解してくれたようだ。「いいよ」と了承した彼女も、疲れたように笑っていた。






 磯の匂い。肌を撫でる潮風。優しい波音。

 出発地点である港町に帰ってきたとたん、膝の骨がぐにゃりと曲がってしまったかのように力が抜けた。



「見事なものだな、聖女の術というのは……。高速船でも二週間かかる距離だというのに、一瞬だ」



 初めて移動の術を経験した父は、さすがに驚きを隠せないようだ。キョロキョロと港町を眺めて、自身の体を興味深そうに触れたりなんかしている。マリアは賛辞を受けて照れ臭そうに笑った。


 ミサキとマリアのことは、病院で簡単に紹介を済ませた。青い髪の少女については人前で説明するべきではないと判断し、説明を保留にしてもらっている。もちろん、移動の術にはしっかりついてきてくれた。

 ここにコリンナはいない。彼女には本業の研究があるため、渋々ラタンにとどまることになった。



「ここからは馬車を利用しよう。セナ、しっかり歩きなさい」



 父とクリンに支えられてゆるやかに歩を進めているが、セナの足取りは重い。

 セナはあのあと検査入院することになったが、クリンがどうしても故郷に連れて帰るとゴネにゴネて、父が折れてくれた。

 目を覚ましたセナは錯乱状態だった時から一転、まるですべての感情が抜け落ちてしまったかのように、ベッドの上で静かに天井をあおぐだけだった。

 セナのダガーは念の為、クリンが預かっている。



 馬車に揺られながら、クリンは颯爽と流れる風景を眺めていた。

 旅立ちの日。この林が続く道を、セナと二人で歩いた。早朝の澄んだ空気が肺を刺激して、高揚感に満たされたのを今でも覚えている。

 その道を今、こんな気持ちで逆戻りしているなんて……あの時の自分たちには想像もできなかった。


 ぼんやりと視界がにじむ。こらえようと思ったのに、涙は勝手にこぼれて落ちた。






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