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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第二十五話 絶望の淵で
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セナの命を救うには


「深刻な出血が続いておりますが、息子さんの血液成分に問題が生じまして、輸血ができません。何かご存知ありませんか」

「……」



 セナはリヴァーレ族から生まれた特殊な体だ。血液成分に問題があるのはおそらくそのせいだろう。細胞の中に一般とは違う成分が含まれていると言ったのはコリンナだった。

 振り向けば、コリンナも難しい顔をして父を見つめていた。



「……いや。申し訳ないが、わかりかねる」

「ハロルド」

「本当に、知らないんだ。すまない」



 コリンナの追及を受けてもなお、かたくなに口を閉ざす父の背中を見てクリンは気づいた。この父も、セナが何から産まれたのか(・・・・・・・・・)知っているのだと。

 父がなぜ世間にその事実を隠し通そうとしているのかはわからない。だが、落胆が胸をつく。

 このままではセナが死んでしまうというのに。


 どうする。

 ラタンの最先端医療でもセナを治療することができないのなら、もう手の施しようがない。

 ……いや、前にもこんなことがあった。瀕死だったセナは、聖女のちからで自身を回復させたではないか。あの奇跡をもう一度行うことはできないだろうか。

 だがしかし、あれは彼も無意識だった。今、この状況で同じことをしろと言って成功する可能性は低い。



「そういえば……」



 ふと、うしろを振り返って視線を止めた相手は、青い髪の少女。

 少女はミサキとマリアの間にはさまれるように、ちょこんとベンチに腰かけていた。

 この子はリヴァルの力から生まれたリヴァーレ族である。リヴァルは他人からの治癒術は受け付けないが、自身を回復する力があると司教が言っていたはずだ。

 そう、この子とセナの力の源は同じ(・・)なのだ。



「きみに頼みがあるんだけど、いいかな?」



 顔をのぞきこんでみれば、少女はあいもかわらず無表情で、だがしっかりと頷いてくれた。

 少女の手を取って立ち上がらせたあとは、一目散に処置室へ向かう。どうせ引き止められるのはわかっていたから、強行突破だ。



「あ、こら!」

「何を……まちなさい、クリン!」



 案の定、大人たちから制止の声がかかったが、振り切って中へと押し進んだ。


 処置室のベッドに横たわっている痛々しいセナを見て、心臓が引き裂かれるような痛みを訴える。血の気を失った顔は真っ白で、近くに寄っても呼吸をしているかわからないほど静かだ。



「治癒術を!」



 短く要求すれば、青い髪の少女は素直にセナの傷口に手をかざした。

 いまだ刺さったままのダガーを、クリンは運を天に任せて引き抜く。



「何をやってるんだ!」

「バカなことを、失血死するぞ!」



 大人たちに取り押さえられながら、必死に抵抗して少女を見守る。少女も看護師に羽交い締めにされたが、生み出した光のほうがわずかに早かった。


 廊下までもれるほどのまばゆい光を放って、それはセナの全身を覆い、包み込んでいく。するとその光に呼応するかのように、セナは目を見開いた。



「セナ!」



 やはりセナの瞳は赤かった。



「これは……聖女の術か?」

「すごい、初めて見ました」



 学問を(たっと)ぶラタン共和国に教会は存在しないと聞いたことがある。聖女の術を見る機会がないのだろう、医師や看護師から口々に驚嘆の声が上がっていた。

 シグルスで向けられた不穏な視線を思い出して不安を感じはしたが、説明も弁解も後回しだ。



「セナ、起きろ! がんばれ!」



 拘束された手を振り払ってセナの手を握る。セナの手は血だらけだった。

 まるで少女の術に化学反応でも起こしたかのように、セナは炎のようにゆらめく光を自身の中から生み出している。宙を見据える赤い瞳にはクリンの姿は映っていないように見えた。



「がんばれ……戻ってこい、セナ!」



 呼びかけを続けたまま、セナの様子を祈るように見守る。

 不可思議な現象に圧倒されて、大人たちも動くことができないようだ。


 光は徐々にゆるやかになっていく。

 セナの体がすべての光を吸収し終えると、室内は通常の明るさに戻った。体の傷はすっかり消え失せて、顔色にはほんのりと血の気が戻っているような気がする。

 だが、赤い瞳はそのままだ。以前はこのタイミングで金色に変わったのに。



「……セナ?」



 一点に定まっていた焦点が揺れて、セナはまばたきを繰り返した。そこから通常の起床のような動きで、むくりと体を起こしたのだった。



「セナ。僕がわかるか?」

「……」

「セナ?」



 聞こえているのかいないのか、ゆるやかに室内を見渡すセナの表情は虚無そのもので、クリンは一抹の不安を覚える。

 彼の瞳は金色に戻らなかった。もしかして、リヴァルに力を注入されたせいで以前の自我が消えてしまったのではないだろうか。

 そんな悪い予感がふってきて、かける言葉を見失っていると、セナがゆっくりと(こうべ)を垂らした。



「……生きてんのかよ……」

「…………」



 こぼれ落ちた言葉にはあきらかに失意の色が浮かんでおり、クリンは胸がきしんだ。うなだれている弟は、取り戻した生に絶望しか見出せなかったようだ。

 直後にクリンの横に立つ青い髪の少女を見つけ、セナは一瞬でその顔色に怒りを宿した。



「おまえか……? 余計なことしやがったのは」

「セナ?」

「なんでおまえがここにいるんだよ!? リヴァルの差金か!? ぶっ殺してやる!」

「やめろ、セナ!」

「放せ!」



 今にも少女へつかみかかろうとするセナを、クリンは必死に押さえ込む。カランと音を立てて、ダガーが床に転がり落ちた。



「セナ、落ち着きなさい」

「!」



 クリンに加勢する形で割り込んできた父の姿をとらえ、セナはさらに心を乱した。



「触るな! なんで父さんがここにいるんだよ!? ここどこ!? 父さんまで俺に何する気だよ!?」

「セナ」

「俺が化け物だって知ってたんだよな!?」

「落ち着きなさい、まずは容態を確認……」

「いやだ触るな、誰も俺に触るなぁっ!!」



 手術台からずり落ちて、近くにあった器具をなぎ倒していく。その場にいた医師や看護師にも手伝ってもらって鎮静剤を投与するまで、セナの錯乱状態は続いた。







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