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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第二十三話 不思議な城
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母親との対面


「あの、その女の子は誰なんです?」



 クリンが思考にふけっていると、ミサキはセナの横にいる青い髪の少女を指さした。どうやら初対面のようだ。そして少女の容姿とセナを見比べて「まさか」とこぼした。



「きっとセナの妹なんだと思う。あたしたちもさっき会ったばっかりなんだ。ミサキのところに案内してくれたんだよ」

「そうなんですか……」



 自分のことを話題にされているというのに、少女は人形のように宙を見つめたまま、我関せずといった表情で聞き流している。隣のセナはあいかわらずそんな彼女を警戒しているのか、ダガーを鞘におさめるつもりはないようだ。自分の妹かもしれないというのにここまで警戒を怠らないのは、セナ特有の動物の勘が何か悪い予感を告げているのかもしれない。


 クリンはそんな弟の様子を眺めながら、血が繋がってなくともやはり兄弟だなと、妙な気持ちを抱いていた。

 おそらく、彼の悪い予感は的中する。自分は理論的にその答えを予想したけれど、彼は本能で察知したのだろう。


 気の毒だが、彼は知るべきだ。自分の母親が大罪人であるという事実を。



「ペンダントを返してもらわなきゃいけない。リヴァルさんに会わせてくれる?」



 クリンは青い髪の少女に話しかけた。少女は無機質な表情のままこくりとうなずくと、(きびす)を返して廊下へ向かった。



「クリンさん、リヴァルさんって」

「セナの母親」

「え……」

「ここに来る前、司教に会ったんだ。その時に教えてもらった。セナの母親はやっぱり聖女で、名前をリヴァルって言うんだって」

「……」



 ミサキはそれを聞いて、思案顔を浮かべた。情報を整理しているのか、別の気がかりがあるのか。もしかしたら自分と同様、事実に気づいてしまったのか。少々気にはなったが、尋ねる前に目的地へたどりついてしまった。


 青い髪の少女が案内してくれたのは、大きな広間だった。彫刻の施された柱がいくつも建ち並び、中央の天井には巨大なシャンデリアがキラキラと輝きを放っている。入り口からまっすぐに敷かれた赤い絨毯を追えば、その奥にはまさに玉座と言うにふさわしい立派な椅子がひとつだけ。


 その椅子に、熟年の女性が腰かけていた。

 四十代後半くらいだろうか。すらりと細い上半身。白髪の混じった黒檀の髪は丁寧に後ろで結われ、赤褐色の瞳は無垢と知性を同居させたような不思議な印象を抱かせる。身にまとった紺色のドレスは壁面同様に青白い光を煌々(こうこう)と放っており、あきらかに普通のそれではない。


 先頭にいた青い髪の少女にうながされるまま、大きな広間の中央へ向かう。

 女性との距離が七メートルほどにせまったところで、青い髪の少女は玉座の横へ立つと、案内係の役を終えた。

 椅子に腰掛けた女性は穏やかに微笑むと「こんにちわ」と柔らかい声で言った。彼女の笑顔に悪意はなさそうに見える。

 そんな彼女の視線は一度こちらの四人全員に移動させたあと、やがて一人の人物に集中した。

 


「……やっと、会えたわね」



 向けられた視線の先にいるのは、セナだった。その視線で、その一言で、クリンはすべてを理解した。



「あなたがリヴァルさんですね」

「ええ」



 ……やっぱり。

 やっと弟の出生に辿り着いたというのに、得られると思っていた達成感はひとつもわいてこない。この胸を沈ませる重たい感覚は、どちらかと言えば落胆に近いような気がして不思議だ。

 だがひとつだけ、彼女の言葉でどうやらセナが捨てられたわけではないということがわかって、それだけはホッとする。


 クリンはちらりとセナを見た。わずかに目を見開いてまじまじと相手を見つめる弟の横顔も、意外なほど静かなものだった。

 実の母親に会えたのだから、もう少し劇的な、感動的なシーンになるのかと思っていたけれど、現実はそうでもないみたいだ。というよりも、まだ彼女が実の母親であることに実感がわいていないのかもしれない。


 沈黙してしまった兄弟の代わりに、マリアがおずおずと尋ねた。



「あのぅ。セナのお母さんなんですか?」

「セナくん、って呼ばれているのね。ええ、そうなるわね」

「すごい……。よかったね、セナ!」



 マリアがポンッとセナの肩を叩いた。その拍子で我に返ったのか、セナはなんとも言えない表情で首を傾げた。笑おうとして、でも笑えないと悟ったような、ちょっと困ったような表情だった。

 リヴァルはそんなセナを見て、穏やかに微笑んだ。



「本当に……レインに顔立ちがよく似ているわ。セナくん……ね。あなたも騎士なんでしょう?」



 イエスかノーかで答えられる簡単に質問に、セナはようやく「うん」とだけ答えた。

 いつもは減らず口ばかりの弟が、こんなに口数が少ないのは珍しい。しかし、やっと親子の会話が成立した瞬間だ。



「レインっていうのが、俺の父親の名前なの?」

「ええ、そうよ。でもラストネームは本人も知らないみたい」

「ふうん」



 我が子と言葉を交わせることが嬉しいのか、リヴァルは返事を返しながら目を細めていた。



「父親は今、どこに?」

「悲しいけれど……もう、亡くなったわ、あなたが生まれてすぐに」

「……」



 父親が死んだとわかって、セナは口を閉ざした。ショックを受けたというわけではなさそうだが、多少の落胆はあるのかもしれない。

 胸を痛めたのはクリンも同じである。弟にそっくりだと言われている青き騎士・レイン。一度でいいから会ってみたかった。



「じゃあ、なんで俺と離ればなれだったの? 捨てたの?」

「捨てたなんて、とんでもないわ。産まれた直後に盗まれてしまったのよ。それきり行方不明に」

「……ふうん」



 セナはそれきり黙りこくってしまった。それ以外に聞きたいことがなかったのか、それとも質問が多すぎて何から聞けば良いのか迷っているのか、それは本人にしかわからない。


 生き別れた親子の再会だ。できることならゆっくりと話し合ってもらいたいとは思うのだが、自分たちには気がかりなことがいくつも存在している。申し訳ないが、話を変えさせてもらおう。



「あの、割って入ってすみません。リヴァルさんにいくつかお聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」

「ええ、もちろんよ。息子のお友だちなら大歓迎だわ、どうかそんなにかしこまらないで」



 急な話題転換だったが、リヴァルは気を悪くすることなく、微笑んでくれた。


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