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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第二話 振るうなら
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強制労働


 ずっとその話に耳を傾けていたギンは、向かいの丸太椅子に腰かけたまま難しい顔をしていた。手持ち無沙汰だったのか、ナイフで木の枝を器用に剥いていく。そのたびにパラパラと木クズがこぼれ落ちた。



「病気、ね……。そういやどこかの地方にもいるって聞いたな、比較的身体能力の高い民族が」

「……へぇ」

「でもお前の両親はその民族とは関係なさそうなんだよな?」

「……さあ」



 セナはその質問に首を傾げた。

 それから短い静寂が訪れる。遠くの山から、ほう、ほう、とフクロウの鳴き声が聞こえてきた。



「あのさ」

「ん?」

「おっさんは、なんであの時 俺を止めたの? なんで今、ここに泊めてくれんの?」



 あの惨状を目の当たりにして、顔見知りでもないのに仲裁に入ってきたことも、そんな凶暴な人間を家族のいる家に招待したことも、ただの親切心だとは思えない。

 さんざん身の上話をしておいて今さらだとは思うが、ギンのことを信用してよかったのだろうか。



「見てたからさ」

「……何を?」



 ギンはセナの疑問に、静かに答え始めた。



「スリのガキが、あの男にボコられてる瞬間をだよ。そしてお前が助けに入ったことも」

「そんな前から……?」

「あの男はここらじゃ有名な悪党だ。安い正義感振り回した少年が、勇み足でかなう相手じゃない。そう思ってこっちが加勢するタイミングを見計っていたのに、お前があっさり追い払っちまうんだからよ。あれは小気味(こきみ)よかったぜ」



 ははは、とギンは豪快に笑ったが、セナは笑わなかった。



「そのあと、あの財布を渡してサヨナラだと思ったら、お前さんはあのガキに何か吹き込んでいた。それで気になってガキを追ったら、服を買いに行って、風呂に入って、西通りの職業斡旋所に入っていった。あれはお前さんが教えたんだろう」

「……そっか」



 あいつ、ちゃんと約束を守ったのか。

 嬉しさと気恥ずかしさで、胸の奥がくすぐったくなってしまう。



「だが、あのタチの悪い男があのまま引き下がっておくとは思えなくてな。知人のツテを使って、あの男を探した。そうしたら案の定お前さんと乱闘騒ぎだ。そんで、止めに入ったってわけだよ」

「……ふうん」



 でも、それにしたってここまで親切にしてくれるだろうか。そんな疑問が視線に表れていたのか、ギンは話を続けた。



「お前のキレッぷり、昔の俺によく似てたよ。だから放っておけなかった。それだけだよ。人を殺すのは……気持ちの悪いもんだ」

「……あるの?」



 人を殺したことが。その質問に、ギンからの返事はない。けれど暗闇から覗くギンの瞳に重たい光を見つけて、セナはそれ以上追求することができなかった。

 場の空気が重たくなりかけたところで、ギンは「さて」と声を上げ、膝を叩いて立ち上がった。



「話はこれくらいにして、もう寝るか。明日は五時起きだぞ」

「えっ、なんで五時?」

一宿一飯(いっしゅくいっぱん)の恩義を、労働で返してもらうからだよ」

「……」



 まじかよ、と苦い顔をするセナを見て、ギンは高らかに笑うのだった。






 翌日、クリンとセナは別行動することになった。

 まだ調べたい本や、行ってみたい診療所があるということから、クリンは再び王都へ。セナはギンに命じられた通り労働(・・)することになった。



「なーんだ、そのへっぴり腰は」

「……くっそ、こうかよクソジジイ!」



 怒りを込めて、畑にシャベルを突き刺す。硬い土がなかなかほぐれてくれず、もう腕はとっくに痺れてしまっている。


 新しい畑を作るんだとか抜かして、ギンは朝っぱらからセナにシャベルを持たせていた。

 早朝に予定地の雑草抜きをさせられたばかりだというのに、朝ごはんが終わってすぐの今、また続きをやらされている。


 農作業用のズボンに、帽子、軍手、長靴……。こんなダサい格好、生まれて初めてだ。最高の屈辱を味わいながらも拒否し切れなかったのは、一体なぜなのか。



「やっぱクリンについていけばよかった」

「ほー、そんでまた乱闘騒ぎか?」

「しねえよ、二度と!」



 ムキになって、ザクザクと土をほぐしていく。

 そんなセナの様子を眺めてギンはケラケラ笑っているだけで、その手はちっとも動いていないようだ。



「おっさんもやれよ! お前ん家の畑だろ」

「いいじゃねえかよ、力が有り余ってんだから。どうせなら壊すんじゃなく作るほうにエネルギーを使ってやろうってんだ。むしろありがたいと思え」

「思えるかバカヤロー!」

「ほれほれ、力の入れ具合がまるでなっちゃいねえぜ。腕にばっかり頼るな、もっと腰を落とせ」

「くそぉ。おまえなんか畑の栄養分にしてやる!」



 シャベルを突き刺しながら、悪態をついていく。もちろん本気で言っているわけでもなく、疲れと鬱憤(うっぷん)を言葉に乗せて吐き出しているだけなのだが。



「お、いいね。してみるか?」

「……はぁ?」



 ギンの返答は、予想していた反応とは違うものだった。



「飽きてきた頃だしな。ちょっと運動するか? 俺に勝てたら、畑の栄養分でもスープの出汁でも、好きに使ってくれてかまわないぜ」

「……いや。おっさん、昨日の乱闘騒ぎ、見てたんだよな?」



 見ていなかったとしても、ごめんだ。一泊二食の世話をしてくれた相手をボコボコにできるわけがない。



「ああ、見てた見てた。喧嘩の仕方をまるでわかっちゃいない、ただ暴れてるだけのお子ちゃまな戦いっぷりをな」

「……」



 この男、腕に覚えがあるのだろうか。たしかにガタイはいいし、そういえば昨日もあれだけ興奮状態だった自分のことをたったの腕一本で止めていた。

 いや、これは挑発だ。自分がまた暴力行為に出ないかどうか、試されているのだろう。



「やんないよ。あんなこと、もう二度とやんない」

「そうかい。まあ、気が向いたら声かけてくれ。いつでも相手になってやるぜ」

「……」



 ギンはその返答に対してたいした反応を示さなかった。自分がイエスと答えたら、本当に喧嘩をおっ始めるつもりだったのだろうか。それほどまでに自信があるのか、それともやはり自分がどれだけ反省しているのか試したかっただけなのか。

 それっきり何も言わず畑作業に戻る目の前の男を、セナは釈然(しゃくぜん)としない面持ちで眺めるのだった。


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