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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第十九話 ミランシャ皇女の真実は
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殺さないで



「ジャックさん」



 そこにミサキの声が落ちる。

 こんな状況だというのに、彼女の声は冷静そのもので、なんの感情も含まれていないようだった。



「いいえ、シャングス・ルグ・サジラータ様でしたわね。サジラータ公子とお呼びするべきかしら」

「はっ。そんな名の男はもういない」

「では、今までどおりジャックさんとお呼びします。どうか剣をおおさめください。まだ、お話は終わっておりません」

「話……? 命乞いなど聞きたくないがな」

「今ここでわたくしの首をとっても、復讐を終えたことにはなりませんよ」

「なんだと……っ!?」


 

 ミサキは窓辺から離れると、まっすくジャックのもとへやってきた。



「ミサキ、来ちゃダメだ!」

「お約束します、ジャックさん。わたくしの首はあなたに差し上げましょう」

「ミサキ!」

「ですがどうせなら、完璧な復讐を」

「……」



 コンコンコン。


 そこへ軽いノックの音がして、緊張した空気を打ち破った。



「ミランシャ皇女様、ソルダート様より贈り物をお持ちいたしました」



 ドアの向こうから聞こえたのは女性の声だった。おそらく侍女かなにかだろう。



「ジャックさん。今は護衛騎士のお仕事を」

「…………」



 ジャックは深く長い息を吐いた。

 その一呼吸で、彼は感情を制御したのだと、クリンにはわかった。



「必ず殺す。覚えていろ」

「ええ」



 剣を振って血を払い、それを鞘に納める。もう一度ノックの音がしたので、ジャックは今度こそドアを開けた。

 メイド服の女性はドアの向こうからこちらを見るなり、クリンの怪我を見てギョッとしたようだった。



「用件は」

「し、失礼いたしました。ソルダート様より、ミランシャ皇女へお召し物の贈り物がございます。僭越(せんえつ)ながら、わたくしどもがご入浴とお召し替えのお手伝いをさせていただきます」



 女性の後ろにはずらっと女性の召使いが並んでいた。

 ミサキは小さく頷き、隣の部屋に消えていった。


 バタンとドアが閉まって、密室にジャックと二人きり。

 彼女の一命を取り留めて息をつこうとしたクリンだったが、それをジャックは許さなかった。

 音もなく剣を引き抜くと、ジャックはクリンの首にぴたりと刃を当てた。



「よくも邪魔をしてくれたな」

「……」



 冷たい刃が皮膚を刺激する。

 狂気のはらんだ彼の目は、まっすぐに自分を捕らえていた。


 このまま怒りに任せて、殺されるのかもしれない。


 そう思って何かしゃべろうと思ったのに、それは叶わなかった。

 くらりと目眩がして視界が歪む。


 驚いたのかジャックが息をのんだのを、暗い視界で聞いた。

 突然バランスを崩したせいで、剣先がかすって首筋に痛みを生じる。そのまま崩れ落ちそうになったところで、剣を手放したジャックが両手で受け止めてくれた。


 ジャックの手が(ひたい)を覆う。予想以上に高かったのか、彼の眉間にしわができた。


 そのまま体を支えられて、辿り着いたところは奥のベッド。血で汚してしまうのが申し訳なくてためらっていたら、ジャックに体を押されてしまい、けっきょく横たわることに。

 

 ジャックはすぐさま傷の手当を施してくれた。肩の傷、それから右手と首の傷。ひとつひとつ丁寧に応急処置をしつつも、彼の顔はやはり険しかった。


 あのまま斬られてもおかしくない状況だったのに、彼がそうしなかったのは、なぜだろう。だがどちらにせよ、なんとか首の皮一枚がつながった状況であることに変わりはない。

 目を閉じれば、さきほどのミサキとジャックのやりとりが鮮明に思い出される。


 ……いったい、あとどれだけこのやりとりを続ければ終わりがくるのだろうか。


 ずっと張り詰めていた緊張の糸がずいぶんと擦り切れそうであることを自覚する。まるでコップから水が溢れ出るように、せき止めていた感情があふれてきて、涙腺を刺激した。

 にじんだ視界に、ジャックの困惑した顔が映っている。


 

「……っ」



 息を吸い込めば、涙がこぼれた。


 すべてが悪いほうへ転がり落ちていく、どうしようもない絶望感に飲み込まれてしまいそうだ。頭の電卓をどれだけ叩いても、心でどれだけ訴えかけても、自分ではもうどうすることもできなくて、悲しい。


 のぞんでいることは、とてもシンプルなことなのに。もうダメなのかもしれないと、心が悲鳴をあげている。



「ろさ、ないで」

「……」

「ジャックさ……、お願い、します」



 嗚咽とともにあふれた言葉は、かすれていて自分ですら聞き取れなかった。



「お願い、します。あの子を……殺さな……で、ください」

「……」



 きっとどれだけ訴えても、この人には届かない。あれだけこの人を説得すると息巻いていたのに、けっきょく自分ができることは、こうやってみじめに泣きついて、お情けにすがりつくだけなのだ。



「ぼくの、……好きな子なんです。だいじな、……子、なんです。罪なら……僕も一緒に、背負うから……」



 やはりジャックからの返事はなく、彼はただ黙々と手当を施していくだけ。それでも今自分にできることと言ったら、この想いをひたすらぶつけることしかない。



「お願いします……。殺さない、で……」




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