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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第十八話 三つ巴
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覚醒、ミランシャ皇女


「ソルダート様、おひとつ勘違いをされていらっしゃるようですので訂正いたしますわ。わたくしは誘拐などされておりません。この聖女は帝国側の大切なお客様ですの。どうか手荒な真似はなさらないでくださいませ」



 ソルダートはきょとんとしたあと、なるほどなるほど、とわざとらしくうなずいた。



「それは失礼したね。だけど、残念ながらここはシグルス大国だ。治外法権という言葉を知っているかな? こちらの国にいる以上はこちらの法に従っていただかなければ」

「……ええ。存じておりますわ。では、いたしかたありません。国賓である聖女を傷つけたとあってはわたくしもお父様に合わせる顔がありませんので……」



 と言葉を続けながら、ミサキはいつの間に握りしめていたのか、携帯用ナイフを自身の首筋にあてた。



「ここで、責任をとるしかありませんね」

「!」



 そのままグッと力を入れれば、白い首筋に赤い線が出来上がる。鮮やかな赤い液体が浮かび上がるのと、クリンが慌ててその手をつかんだのは同時だった。



「わかった、僕の負けだ」



 ソルダートが降参とばかりに両手をあげた。慌てて治癒を施すマリアへ、ミサキはもう一度同じ言葉を言った。



「行って、マリア。セナさんのところへ」

「でもミサキは……」

「行きなさい! わたくしの邪魔をしないでちょうだい!」

「……っ!」



 初めて聞くその冷たい声に、マリアは一瞬傷ついた顔を浮かべたが、今はそうするしかないと判断し彼女の言葉に従った。

 マリアが瞬時に消え去ったのを見て不安をあらわにしたのは、野次馬を決め込んでいた住民たちである。



「おい……聖女がいなくなったらここはどうなるんだ」

「そうだそうだ! 勝手なことをしやがって!」



 文句を浴びても、ミサキは顔色ひとつ変えずに民衆を眺めている。

 それはまるで仮面でもかぶっているかのように、なんの感情も読み取れず、冷酷さすら滲み出ていて。彼女の知らない表情にクリンは胸が痛んだ。別人。そう呼ぶのが正解なような気がした。



「あら、非難されてしまいました。おかしいですわね、ソルダート様。シグルスは聖女を排除しようとなさっているとお聞きしたので、お手伝いをしてさしあげましたのに」



 おかしいと言いながら笑顔ひとつこぼさずに、ミサキは首をかしげる。

 さんざん聖女を迫害しておいて困った時だけ都合よくすがりつくのか、と暗に揶揄(やゆ)しているのだが、民衆には伝わっただろうか。

 ソルダートはやれやれと言った感じで、民衆に向かって片手をあげた。



「聖女とミランシャ皇女は政府が身柄を預かることになりました。ご覧いただきたい、生物兵器は予定通り、あちらでリヴァーレ族と交戦中であります。これでみなさんの安全が脅かされることはないでしょう」



 正確には生物兵器はセナが誘き寄せてくれたおかげなのだが、そんなことを知らないソルダートは意気揚揚と民衆に訴えている。

 民衆は不安を残しながらも、なすすべもなく様子を見守ることしかできないようだ。



「さて、ミランシャ皇女。あなたは国家にとって重要なお客様だ。一緒に来てくださいますね」



 ソルダートは車のドアを開けると、ミサキへ向かって手を差し伸べた。


 一部始終を静観していたジャックが再び剣を握るのを横目で確認し、クリンは悪い予感を覚えた。

 だが、ミサキはジャックを見やり、ぽつりと言った。



「ユアラ デュセ カムズ ガイ ヴァレアナル口」

「──っ」



 ジャックは瞬時に言葉の意味を理解したようだ。

 彼が頷くのを見ながら、それがジャックの故郷、ネオジロンド教国の言語であるとクリンは悟った。国交のないシグルスで教国の言葉を使えるものは少ない。秘密裏の会話をするにはうってつけだろう。

 それならば、と、クリンは口を開いた。



「ジス デュース」

「! クリンさん……」

「これは驚いた」



『僕も行く』


 クリンはネオジロンド教国の言語でそう告げた。


 なぜ彼がその言語を使えるのか。それはセナが正式な騎士になると決まった時に、いつか絶対に必要になると思って弟とともに隠れて勉強していたからだ。ミサキとマリアを驚かしてやろう、と計画したのはセナだった。まさかこんなところでお披露目(ひろめ)をすることになるとは思わなかったが。


 そして先ほどミサキはジャックにこう言ったのだ。

『あなたは私の護衛騎士として一緒に来なさい』と。


 彼女が何を考えているのかまったく読めず、不安しか感じられないが……。このままジャックとミサキを二人にさせるわけにはいかない。

 とはよく言ったもので、本心ではそれ以上の心配ごとがあると気づいてはいるのだが、なるべく余計な私情を混ぜたくはなかった。

 だが意外にも、ミサキは首を縦に振らなかった。



「その必要はありません。あなたは無関係です」



 ぴしゃりと言い放った聞き慣れない教国の言葉と冷たい声に、クリンの胸はつきりと痛んだ。まさか断られるとは思っていなかったので目を見張り、彼女の表情をうかがう。


 感情の読み取れない凍りついたようなロシアンブルーの瞳。こんな彼女は知らない。これが、本来の彼女の姿なのだろうか。では今までの彼女はもうどこにもいないのだろうか。

 ……いや。そんなことはない。

 なぜなら彼女はその身を傷つけてでも、マリアを守ろうとしてくれたからだ。きっと彼女の心にミサキのいぶきは残っているはずだ。


 ならばなぜ自分が来ることを拒むのだろう。こちらの安全を考慮して、ということも十分に考えられるが……。違う気がする。何か、何かひっかかるものがある。


 彼女は記憶を取り戻した。

 彼女にはやらなければいけないことがあった。


 思い出せ。記憶の端々で、彼女は何を口にしていただろうか。

 思い出せ。思い出せ。



「……」



 その瞬間、ふっと答えがおりてきて。悪い予感を覚えて胸の奥がざらりとした。



「僕も連れてってくれ。僕は僕の誓いを忘れない」

「……」



 慣れない教国の言葉だったが、ミサキにはじゅうぶん伝わったようだ。

 しばらくのにらみ合いの末、根負けしたのは彼女だった。

 観念したかのように瞬きを数回繰り返して、ミサキが「体調は大丈夫ですか?」と教国の言葉で聞いたので、クリンは強がって首を縦におろした。彼女の表情は先ほどと同様、氷のように冷たかった。



「ソルダート様。この者はわたくしの護衛騎士、そしてこちらは帝国の国賓です。彼らの同行を許可していただけるのでしたら、そのエスコートをお受けいたします」

「……ふうん」



 ソルダートは目を細めて、クリンとジャックを交互に見比べた。まるで品定めをするかのようなその視線に不快感を覚えたが、クリンは甘んじてその視線を受け止めていた。



「もちろん歓迎だよ、お姫様」



 だから早く手を取れと言いたげに、ソルダートは再度彼女へ手を伸ばした。

 ミサキはそれならばとうなずいて、そっと彼の手を取るのだった。


 あいかわらず街道のほうでは激しい音を立てて怪物同士が争いあっているのだが、手を取り合う美男美女の二人がまるで物語のワンシーンを切り取ったかのように美しく映って、クリンはこの状況にひたすら違和感を覚えていた。





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