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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第十八話 三つ巴
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救護活動


 一方の教会では、誘導がうまくいったのか多くの人々が敷地内に避難していた。

 教会は広間を開放し、仮設診療所として怪我をした人たちを受け入れ、手厚く処置を施していた。


 それを聞いたミサキは自身の髪の毛を高いところでひとつに結んで、ジャックへ言った。



「ジャックさん、クリンさんをお願いします。私も救護活動にあたってきますので」

「救護活動だと?」



 ジャックはぴくりと片眉をあげた。



「ミランシャ皇女がここにいるとバレたら厄介だろう。お前はこの部屋でおとなしくしていろ」

「今はそんなことを言っている場合ではありません」

「俺にとっては重要な問題なんだがな。獲物を横取りされてたまるか」

「では見張っていればいいでしょう。どうせ役にも立たないんだから」

「なに……?」



 珍しく攻撃的なミサキの物言いに、ジャックは眉間にしわを寄せた。



「今は人命救助が第一です。己の事情よりも優先するべきことがあるはずだわ」

「はっ。人命救助? 多くの命を刈り取ってきた分際でよく言えたものだ」

「……。あなたは本当に騎士になりたかったのですか? 今の姿を見たら、妹さんもがっかりなさるでしょうね」

「なんだと……っ」

「言い争いをしている暇はありません」



 ミサキはそう言い捨てて、自身の荷物を持って部屋を飛び出して行った。

 ぎりっと奥歯を噛み、ジャックは壁に立てかけていた剣を手に取った。


 いっそ斬ってしまえばいい。そうすればこんな(わずら)わしい茶番劇からも解放されるだろう。

 そう思って彼女のあとを追おうとした。



「ジャック……さん」



 そこへクリンの声がかかって、ジャックは足を止める。

 まだ熱が高いのか、息は荒く、その目はうつろであったが、クリンはそれでも体を起こそうと力をふるっているようだった。



「まだ起きるのは無理だ。寝ていろ」

「いえ。僕も広間へ行きます……」

「なに?」

「僕は、医者の卵です。こんな時に寝ているだけなんて……冗談じゃない」



 クリンはジャックの制止をふりきって、ゲホゲホと咳き込みながらもなんとか立ち上がった。簡単に着替えを済ませるとマスクをつけて、リュックを手にしている。



「……まったく、どこにそんな力があるんだか」



  ジャックはあきれたようにため息をついたあと、剣を腰に差し、ふらふら歩くクリンの肩を支えた。






 教会の広間には多くの負傷者が集まっていた。

 泣きじゃくる子どもの声や、家族を呼ぶ声、うめき声など、広い室内にさまざまな声があふれている。


 中には息を引き取ったのだろうシーツで全身を覆われている者もおり、遺族と思われる人がそれにしがみついて泣いている姿が目に入った。


 すでに教会在住の聖女たちが負傷者の治癒を行っているようだが、我先にと人だかりができて、秩序がぎりぎりに保たれているか否かといった様子だった。



「ジャックさん。心苦しいのですが亡くなった方は外へ運んでください。ここは治療が必要な人と施す人でいっぱいになりますので、少しでもスペースを確保したいんです」

「ほう。意外にドライなんだな」

「そう見えますか?」



 クリンは険しい顔でこの現場を眺めていた。おそらく亡くなった者への無念にかられているのだろう。



「失言だった。手伝おう」

「ありがとうございます」



 ジャックが動いてくれたので、クリンはふらつく体に喝を入れて歩き始めた。

 中には医者と思わしき人々が先に治療にあたっており、クリンは自分も手伝うと名乗りをあげてその中に溶け込んだ。


 先に作業にあたっていたミサキがクリンを見るなりギョッとして、駆けつけてきた。



「クリンさん、あなた……」

「言ってる場合じゃないよ」

「……」



 クリンは目を合わせることなく、もくもくと治療を続けている。

 彼の目に気まずさなど一切なく、目の前の命を助けることに集中しているようだった。



「本当に、あなたって人は。どうか無茶はしないでくださいね」



 ミサキは説得をあきらめて、自身もそれにならうのだった。






 ジャックは作業を手伝いながら、クリンとミサキの姿をその目に納めていた。

 発熱と咳を我慢しながら、汗をぬぐってひたすら重い傷の手当を施していく十六歳の少年。そして応急手当ての合間に傷を負った人をなんとか安心させようと「大丈夫ですよ」と笑顔をかけ続ける十七歳の少女。


 自分たちだって命を脅かさせている立場は変わらないというのに、その気丈さは、たくましさは、いったいどこで(つちか)われたというのか。


 ジャックはふと、自分がそのくらいの年齢だった時はどうだっただろうかと考えた。

 故郷が帝国軍に奪われたあとだというのに、妹が教会で修行をしていたから自身も騎士になるのだと、騎士学校で剣を学んでいたはずだ。妹さえいれば故郷など、両親など、どうでもいいとすら思っていた。

 命の重みなど考えたこともなく、ただただ妹のために剣術を身につけていただけの子どもだった。


 その時の自分が今ここに居たら、彼らのように救護活動など手伝っただろうか。

 いいや、きっと妹の身だけを案じ、この危険な場所から妹を遠ざけることだけを考えたはずだ。


『意外にドライなんだな』

『そう見えますか?』

 ……どの口が、ほざくか。


『今の姿を見たら、妹さんもがっかりなさるでしょうね』

 ……何も言い返せないではないか。


 己の未熟さを、あろうことかこんな子どもに、ましてや復讐を誓った相手に諭されるとは。



「ジャックさん! お湯をたくさん用意してもらえますかー!?」



 ふと、クリンがこちらに手を振って声をあげてきたので、ジャックは思考を中断させた。



「ああ……承知した」



 いつの間にか手伝うのが当然とばかりにこき使われてしまっていたが、反発すればするだけみじめになるのはわかっていた。ジャックは指示されるがままお湯をわかしに広間をあとにするのだった。



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