試練の階段
マリアがセナを問い詰めたのは、試練の間に入ってすぐのことだった。
「どうなってんの。青き騎士ってなに? セナは何か知ってるの?」
「それ、今じゃなきゃダメか?」
「だって話す暇がなかったじゃない」
神父の部屋を出たあとはすぐに儀式の服に着替えたり説明を受けたりと準備に時間をとられてしまったため、二人で話せる時間がなかったのだ。
「終わったら説明するから今は集中しろって」
「うー気になる」
いまだ腑に落ちない顔をするマリアの頭をぐりぐり撫でて、セナは試練に集中させた。
「で? 今回の試練はどうしろってんだ? この階段おりればいいのか?」
セナは足元を指さした。
今回の試練の間は壁づたいに螺旋状の階段になっており、それは地下深くまで続いているようで先が見えなかった。
「うん。階段をおりた先に聖石があるんだって」
「ふーん」
「深そうね」
「だな」
と言いながら、セナは下を覗き込む。
明かりは石だたみの壁にかけられた蝋燭の火のみ。そのため視界は薄暗く、一歩でも踏み外したら暗闇の中に真っ逆さまだろう。
その深さがどれほどのものなのか、ここからでは確認ができない。
ちらりとマリアを盗み見れば彼女も下を確認し、ごくりと唾を飲み込んだところだった。
「わっ」
「ひゃぁああぁ──っ!」
軽く脅かしてみただけなのに、マリアは猫のように毛を逆立てて叫び声をあげた。
「ば、ば、ば、ばかーっ!」
「はははっ。おま、びびりすぎ」
「信じらんない、サイテー! 落ちちゃえ!」
からかわれたと知って、マリアはぽかぽかとセナを叩いた。
「まあまあ、落ち着けって。一回ビビッておけばもう怖くないじゃん」
「口元が笑ってんのよ!」
「くくっ……」
「ほんっとヤなやつ」
しばらくポカポカやってたら、たしかに、この場の雰囲気に飲まれていた気持ちも少し落ち着いてきたようだ。
だからと言って感謝なんて死んでもできないが、マリアは気を取り直して一歩おりてみることにした。
が、その肩をつかんでセナが止めた。
「待て待て待て」
「何よ、さっきから邪魔ばっかりして!」
「アホか。俺が先だろって」
と言って、セナは先に階段をおり始めた。
階段に手すりはなく、足場の幅はギリギリ二人が並べるくらいの狭さ。
そのため降りるのは一人ずつのほうが安全そうだ。
最初からちゃんと騎士っぽいことしてくれたら文句ないんだけどな〜、と、マリアは心の中で文句を言いつつセナのあとに続いた。
十段くらいおりたところで、セナはぴたりと足を止めた。
「罠がある」
「え?」
「おまえは動くなよ」
言うが早いか、セナは懐から何かを取り出して、遠くの壁に向かって投げつけた。
するとそれを追うように別方向から光の槍が飛んできて、壁に突き刺さった。
動きを感知して追いかけるシステムのようだ。
「何投げたの?」
「石」
「石ぃ?」
「石は便利だぜ〜。相手の隙をつけるし、迷路の目印にもなるし、文字も書ける」
「あんた一週間、石集めしてたの?」
「……」
んなアホな。
とツッコミを入れて、セナはまた石を投げた。やはり光の槍は石を追って飛んでいくようだ。
おそらくこの階段には、槍以外にもさまざまなトラップが仕掛けられていることだろう。
「そういやおまえ、光の玉みたいなの出せなかった? あれ、階段の下まで投げてみろよ」
「え? 別にいいけど」
マリアは素直に光を生み出して、階段の奥深くまで放った。
パァッと辺りが輝いて、視界を明るくさせる。
セナはその明かりを頼りに天井、壁、階段床をぐるりと見渡した。
「あそこと、あそこと、あそこだな」
「へ?」
「よっと」
ぶつぶつ独りごとをこぼしたあとは、また石を投げてトラップを作動させてみる。
それを何回か繰り返し頭の中でトラップを避けるシュミレートをして、セナは「よし」と意気込んだ。
「つかまれ!」
「え、ちょ、ひゃぁっ」
心の準備をさせるのも惜しいとばかりに、セナはマリアを抱き抱えると一気に階段を飛び降りた。
足場をなくした体はそのまま宙を落下していく。
「いやぁ〜〜〜〜〜!」
内臓がふわりと浮かぶ感覚に恐怖を感じ、マリアはただただセナの首にしがみついた。
セナはあらかじめ定めていた階段に飛び乗ると、お得意の瞬発力でぴょんぴょん下へジャンプしていった。そこに一呼吸遅れてトラップが発動し、それらはセナの背中スレスレで通り過ぎていく。
光の槍、炎の矢、天井から落下する岩。
セナの首にしがみつきながら、後方で虚しく転がるそれらを確認し、マリアは息を飲んだ。
やがてセナは着地点を定めて階段途中で立ち止まった。
ここはトラップがやってこない安全な足場のようだ。
着地するなりセナはまず安全を確かめ、上下左右の天井やら壁やらに目配せしたあとで「よし」と、いったん呼吸をおいた。
この後は先ほどと同じように光でトラップの場所を確認し、それを避けながらおりていけばいいのだ。
そう考えていたら、ふと抱きかかえているマリアと至近距離で目があって、パッと手を離してしまった。
当然、マリアは階段の段差に尻餅をつく。
「痛った〜。何すんのよ!」
「あ、悪い。うっかり」
「あんた、ほんとサイテー」
おしりをさすりながら立ち上がるマリアを直視できず、セナは階段を確認するふりで視線を誤魔化した。