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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第十六話 セナのいない旅
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五日目



 翌日は快晴。

 あれから追手もなく、林を抜けた一行は順調に目的地のほうへと進んでいた。

 


「ジャックさん、乗馬の練習付き合ってください」

「……もう、一人で乗れるだろう」

「まだちょっと不安なのでお願いします」



 移動の休憩中、木陰で腰掛けるジャックのもとへ、クリンは馬をつれてくる。

 あの話し合い以降ことさらに冷たくなってしまったジャックに、クリンはとにかく話しかけ、コミュニケーションを試みていた。

 御者席で何か話題をふっても、無視まではされないが返ってくる返事はそっけなく、沈黙は増えた。

 だが、探り合いと化かし合いの警戒合戦の時よりはマシだと、クリンは前向きに考えていた。





「うわ」

「ほら、すぐ慌てる。馬にも不安が伝わるぞ、落ち着け」

「だって怖いですもん」



 馬が突然方向転換しそうになって慌てたところへ、ジャックはクリンの手綱を引いて馬を宥める。

 子どものように「だって」「だもん」と言いながら口を尖らせるクリンを見て、ジャックはハァとため息をついた。

 なんだかんだ冷たく接しながらも、ジャックの兄貴分気質は板についてしまっているようで、それからも丁寧な乗馬の練習は続いた。



「ジャックさん。隣座っていいですか?」

「……」

「いただきまーす」



 今度は昼食タイムだ。

 いつもはミサキとマリアと三人で食べていたそれも、クリンは席を外してジャックのもとへ。

 うんざりするジャックにおかまいなしに、クリンは隣に座って携帯食料を開ける。


 クリンのストレートな作戦は、ジャックにだってバレバレだろう。だがクリンはあえて遠回りな作戦なんて選ばなかった。

 とにかくジャックの心をほだし、説得し、氷を溶かしてしまいたい。そのために必要なのは小賢しい駆け引きなどではなく、体当たりの「誠意」だと思った。



「ジャックさん。妹さんの話を聞いてもいいですか」

「断る」

「妹さんとはおいくつ離れてるんですか?」

「断ると言っただろう。やめてくれ」

「……すみません」



 携帯用の素っ気ない食事を頬張りながら、クリンはしゅんとなりそうな心に喝を入れて、気合を入れ直した。



「じゃあ僕と弟の話を聞いてください。セナは僕が一歳の時に引き取られてきたんですけど、ランジェストン家にやってきた日を誕生日に設定してるんですよ。これって両親が見つかって誕生日がわかったら、お祝いする日も変わっちゃうんですかね」

「さらっと重たい話をするな……」

「ジャックさんならどうします?」

「どっちも祝えばいいだろう」

「なるほど、それは名案だ」



 ごくっと水を飲んで、ジャックとの会話のラリーが続いていることにホッとしながら、クリンはとにかくコミュニケーションを続ける。



「そういえばジャックさんのお誕生日はいつなんですか?」

「俺の話はいい」

「お祝いしたいですんですよ。させてください」

「今年はもう終わった」

「じゃあ来年だ。ちなみに僕の誕生日はあと三週間後なんです」



 ジャックのつれない返事をさらっと聞き流しながら、クリンは水の入ったボトルに視線を落とした。



「毎年家族そろってお祝いしてくれるんですけど、僕は誕生日って両親に感謝をする日だと思うんですよね。だから毎年何か親孝行を考えるんです。でも、今年は両親にお礼ができないので、それだけは申し訳ないです」

「手紙を書けばいいだろう」

「そっか……じゃあそうします。ジャックさんは、ご両親にちゃんと会ってますか?」

「……」

「妹さんのこと、ご両親とどんなふうに話していますか?」



 怒られることを覚悟で、ずかずかと相手の領域に踏み込んでみた。

 さすがにやりすぎかなぁとビクビクしながらも、怒りでもいいから、冷たく固まってしまったジャックの心を動かしたかった。


 ジャックは怒らなかった。

 だが、次の言葉はさすがに重たい罪悪感をクリンへ与えた。

 


「両親は十年前に帝国軍に殺されたよ」

「……」

「まあ、妹を虐待するようなひどい親だった。生きていても妹のことを話せるような親ではなかったな」

「……ごめんなさい」

「だからこそ俺だけは妹を守ってやりたかった。どうだ? 人の傷口に塩をぬれて満足か」

「本当に……ごめんなさい」



 何度謝ってもこの罪悪感が拭われることはないだろう。

 ただ彼を説得したかっただけなのに、逆に彼の深い孤独を思い知らされてしまっただけだった。しかも彼の傷口を広げるという最悪の形で。


 うつむいてしまったクリンを横目に、ジャックは言った。



「無意味だろう、こんな会話。互いに疲れるだけだ」

「……それでも、僕はジャックさんと話がしたいです」

「俺はもっと君が苦手になりそうだよ」

「僕は好きですよ。ジャックさんみたいな兄が欲しかった」

「ごめんだな、こんな性格の悪い弟」



 ジャックは早々に食事を切り上げて、クリンのそばを離れた。

 クリンは追えなかった。

 彼の背中に見えない壁を感じて、その拒絶の強さに心がぺしゃんこになってしまいそうだったから。


 それでも、あきらめたくはない。

 クリンは折れてしまいそうな心をなんとか立て直して、最後の一口を飲み込んだ。




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