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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第十六話 セナのいない旅
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四日目3


 しばらく駆け抜けると街道が二つに別れたため、ジャックはメインの街道とは別の細い街道を選んだ。それは林の中へとつながっており、左右に広がる大小それぞれの沼が目に止まった。

 一行はそこで休憩をとることにした。追手はなさそうだし、ここなら人目もごまかせるだろう。


 馬の手綱を樹にくくりつけるジャックのもとへ、クリンがマリアを連れてくる。馬車をおりたミサキも、近づきこそしなかったが遠くから見守っているようだ。



「ジャックさん、怪我をしましたよね」

「ああ、たいしたことはない」

「ダメです。マリア、頼む」

「うん」



 ジャックの左腕に怪我を見つけ、マリアはすぐに治癒術をかけた。それを素直に受け入れるジャックを、クリンは黙って見ていた。



「何か言いたそうだな」

「……」



『ジャックさんが無事で良かった』

 そう思いながらも、クリンは言葉を飲み込んだ。『守ってくれてありがとう』も、違うと思う。たしかにあの時は、彼の強さが心強いと思ったし、一瞬だけ味方になってもらえたような錯覚を覚えたのも本当だ。

 だが彼は言うだろう、ミランシャ皇女を奪われたくなかっただけだと。だから、そんな仲間みたいな言葉は言ってはいけない。



「僕は、剣が嫌いなんです」

「……」



 ジャックは怪訝そうに眉をひそめた。



「僕は、人の命を奪う武器が嫌いです。命を軽んじる人間も大嫌いです」

「……」

「だから僕は、命をかけずに解決する方法を、いつも探しています」

「俺が戦ったのが気に入らないのか? だがそれは詭弁(きべん)だな。相手が剣を振るってくるなら、生きるためにこちらも振るうしかないだろう。弟くんだっていつもそうしているじゃないか」

「違いますよ。そんなことが言いたいんじゃない。あれはしかたのない戦いでした。それにジャックさんの戦い方は正しかった」

「……」



 ますます意味がわからない、という顔をするジャックに、クリンは尋ねる。



「ジャックさんは、人を殺したことがありますか?」

「……」

「ない、でしょ?」



 ジャックからの返答はなかったが、それがじゅうぶん肯定の意味を表していた。

 セナと戦った時も、先ほどの戦闘でも、ジャックは相手の武器を奪ったり手を攻撃したりして、相手が戦闘不能になるような戦い方をしていた。決して命を奪おうとはしなかったのだ。


 

「ジャックさんの剣は、殺すためのものじゃない。人の命を守るための剣でした」

「何が言いたい」

「嬉しいって思ったんですよ」

「……」

「同時に悲しいって思いました」



 彼はやはり、自分が思ったとおりの人だった。妹想いで、優しくて、強い人だ。命の重みを分かり合える人だ。

 そんな人が、復讐の鬼になって人の命を奪おうとしていることが、ひどく悲しかった。


 目を伏せれば、ジャックの腰の剣が視界に入った。鞘に施された金色の紋章は、彼がミサキを睨むたび悲しく光っているような気がした。



「……なるほど。だから、ミランシャ皇女を殺すなと言いたいのか。なめられたものだ」



 ジャックの顔がますます険しくなっていく。

 治癒を終えたマリアは、二人のやりとりをハラハラしながら見守っているようだった。



「ジャックさん。復讐をやめることはできませんか」

「ふざけるな。七年前に妹が殺されてから、ずっと心に決めていたことだ」

「殺されて、殺し返すんですか? それで本当にジャックさんは救われますか?」

「それは綺麗ごとだ。お前にだって弟がいるだろう。無惨に殺されてみるがいい」

「……」



 セナの顔が思い浮かんで、クリンは返す言葉が見つからなかった。

 それは想像も絶するほどの苦痛であるに違いない。考えるだけで胸が痛く、腹の奥が沈んでいくような感覚に襲われる。

 七年、ジャックはそれ以上の苦しみに耐え続けているのだ。



「たしかに俺は人を殺したことはない。殺すのはたった一人でじゅうぶんだからだ」



 ジャックの視線はまっすぐにミサキへと注がれていた。



「俺はこの七年間、一日たりとも妹の死に顔を忘れた日はなかった。皇女を殺す。その想いだけが俺の生きる支えだった。あの馬車でやっと願いが叶うと思ったのにそれすら奪われて、五年だ。どれだけ探したと思う。どれだけ腕を磨いたと思う。やっとこいつを見つけて、成就する時がきたんだ。俺が命を奪うのは、こいつだけだ。……それですべてが終わって、やっと解放される」

「……」



 ミサキは唇をきゅっと結んだ。ジャックを見つめ返すその瞳はただただ、悲しそうに揺れているだけ。


 ジャックの青い瞳に宿る、重たい影。その影に彼自身が飲み込まれてしまいそうで、クリンは不安感に襲われた。彼の復讐をなしえた時のことを想像すれば、嫌な予感が頭をもたげる。

 だからその視線をふさぐように、前へ立ちはだかった。



「させません」

「いいや、必ず成し遂げるさ」

「いやです。僕はミサキの命もジャックさんの命も失いたくありません」

「……」



 気がついてしまった。

 彼はミサキを粛清したあと、きっと自身の命も断つつもりなのだ。それが人を(あや)めることへの彼なりの贖罪(しょくざい)なのだとしても、到底、認めるわけにはいかない。

 ミサキのためじゃない。自分自身の心がそう願うのだから、もう迷いはない。



「言ったでしょう。命を軽んじる人間は大嫌いだと。僕の前で簡単に命を落とせると思わないでくださいね」

「……お前になんのメリットがある」

「そんなもの。僕は自分の矜持(きょうじ)に従うだけだ」

「矜持?」

「はい。『命は尊いものだ。その重みに優劣をつけるな、真摯に向き合え』と、故郷の父はいつも僕に教えてくれました」



 その教えが人生の支えだった。その教えを守り貫くことが自身のプライドである。目の前にどんな困難がぶらさがっていたって、どんなに悲しい出来事があったって、自分の選択はいつもこれだけだ。



「僕はクリン・ランジェストン。医者の家系です。僕はたったひとつとして、目の前の命を諦めたりなんかしません」

「…………」

「僕は剣が嫌いだ。命を奪うものは嫌いだ。だから、命をかけずにジャックさんと解決できる方法を必ず探します」



 ジャックの瞳には、ひとつも動揺が見られなかった。彼の決意もそうとうなものなのだろう。

 だが、必ず打ち勝ってみせる。彼の復讐を止める。クリンはそう胸に誓った。






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