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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第十六話 セナのいない旅
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四日目1


 ミサキは昨夜のことをまったく覚えていなかった。


 彼女の目が覚めるなりジャックが昨夜のことを問い詰めてきたのだが、ミサキはただただ困惑するばかりである。

 間に入ったクリンが昨夜のことを説明しても、彼女からは「ただ悪い夢を見ていたような気はする」という曖昧な返事しか返ってこなかった。


 もちろんジャックは納得がいっていないようで、早く思い出せと言わんばかりに再び詰め寄ろうとしたが、そんな問答をしている時間はないとクリンが説得し、一行は小屋をあとにするのだった。






 馬車は首都には入らず、街道をまっすぐ北上するルートを走っていた。首都からだいぶ離れれば、建物は減り、のどかな田園風景が広がっていた。あと三日も走れば巡礼の教会へ辿りつくだろう。

 クリンは景色をながめながら、あくびを噛み殺していた。


 

「ずいぶんと眠たそうだな」

「……大丈夫です」

「昨夜ほとんど寝てないんだろう。客車で寝てくればいいじゃないか」

「僕はジャックさんと違って若いから大丈夫です」

「……。数日経って、ふてぶてしくなってきたな」

「おかげさまで」



 相変わらず御者席に並びながら、クリンもジャックと言い合えるくらいにはこの旅に慣れてきていた。

 昨夜のこともあって空気は剣呑であるが、それ以上の危機感はまだ必要なさそうで、クリンは今ひとつ彼との距離感がつかめずにいる。

 クリンはちらりと隣の彼を盗み見た。と同時に複雑な心境にかられて、心のなかでため息をつく。



 数日間をともに過ごして、彼のことがよく見えてきた。



 ジャックは面倒見もよく気配りができるタイプだ。野宿が続くこの道中、お風呂に入れない女性陣のために綺麗な泉が湧いている場所を経由してくれたり、街での買い出しにマリアを連れて行ってくれたりもして、さすが妹が居ただけあるな、とも思う。


 街で購入してきてくれる品もあえてシグルスの名産だったり女性が喜びそうな甘味もあったり、しかもマリアが気を遣わないようにちゃんとミサキの分まで分け隔てなく用意したりと、細かいところまで配慮が行き届いていた。

 会話のテンポも小気味よく話題も豊富で、大人の余裕も感じさせてくれるところは素直に尊敬した。

 そして休憩中には約束通り乗馬の練習も付き合ってくれて、その教え方も丁寧でわかりやすく、兄がいたらこんな感じだろうかとクリンは考え、時折ふっと悲しくなった。


 ……ミサキの件さえなければ、彼はきっと良い友人になれたのではないだろうか。


 そんなふうに考えてはうっかり警戒心を解いてしまいそうで、でもそれがミサキに対する裏切りのように思えて、罪悪感で胸がきしきしと痛んだ。





 そんな感傷に浸って景色を眺めていた時、個人の三頭馬車とすれ違った。

 自分たちの馬車よりも高級そうだな、なんて考えながらその馬車を見送った時、ジャックが声を低くして言った。



「追ってくるぞ」

「え……」



 手綱をパンッと叩いて、ジャックは馬のスピードを上げた。後ろを確認すれば、たしかに、さきほどすれ違った馬車がUターンしてこちらへ猛スピードで駆けてくるではないか。



「もしかして、ミサキが乗っていることに気がついたんでしょうか」

「そうかもしれない」

「金髪に青い目の女性なんてたくさんいるのに、どうしてミサキだとわかったんでしょう」

「さあな」

「ミサキ、マリア! 気をつけろ、追っ手がくるぞ」



 クリンは客車と繋がる小窓を開けて、女子二人に警戒を呼び掛けた。中から「わかった」と、マリアが応じた。

 うっかり緩んでいた心が一気に緊張感を増していき、クリンは唾を飲み込んだ。


 このひらけた景色に、身を隠せる場所はない。さらにこちらが二頭馬車に対して、あちらは三頭馬車。スピードで叶うわけもなくあっという間に追いつかれ、こちらの右側に並んだ。

 右側に座るジャックの奥から、物色するような目をこちらに向けてくる御者の姿。向こうの御者は一人で、質の良さそうな洋服と帽子を身につけているあたり、盗賊やならず者とは縁がなさそうに見える。

 ジロジロとこちらを見てきたり、ミサキたちの居る客車をうかがったりしているのは、懸賞金の女性が乗っているかどうか確かめたいからだろうか。



「何かご用だろうか?」



 ジャックが声を張り上げて、隣へ尋ねた。だが、御者からの返事はない。

 隣の馬車はスピードを上げてこちらを追い越すと、縦に並んで速度を落とし、あえて馬を斜めに止めた。

 当然道はふさがれて、ジャックも馬を止めるしかない。



「一応聞いておくが、兄も戦えるのか?」

「頭脳戦なら、それなりに」

「……それは頼りになる」

「めんぼくない」



 ジャックは座席に置いていた剣を腰に差し馬車を降りた。「馬を頼む」と言われたので、クリンはそこに残って手綱を預かることになった。

 最悪の場合はジャックを置いて逃げる。クリンはそう覚悟を決めた。


 ジャックは剣の柄に手を添えたまま、あちらの動きを注視している。用があるならお前が来い、と暗に伝えているようだった。


 御者は御者席から降りると、客車のドアを開けた。

 そこから降りてきたのは恰幅(かっぷく)の良い中年の男。スーツに帽子を被ったその男は、その装いから裕福そうなイメージを彷彿(ほうふつ)とさせたが、その顔は商人顔というよりは役人のような硬い印象を受けた。

 そんな彼がさわやかそうな笑みを向けてきた。



「驚かしてすまなかったね。私たちは怪しい者じゃありませんよ」

「用件をうかがおう」



 ジャックは簡潔に尋ねる。

 クリンもそれが正しいと思った。この男の笑顔はあきらかに胡散臭い。



「そう警戒しないでくれたまえ。こう見えても首都で官僚をつとめている者だ。実はそちらのお客様を確認させてもらいたくてね」



 と、男はミサキたちの乗る客車を指差した。



「悪いが、うつる病気を患っていて人には会わせられない」



 ジャックがしれっとハッタリをかますので、クリンは「うまい」と思った。



「さきほど窓から見えましたが、私の知人にそっくりだったんですよ。いや、ね。五年も前に行方不明になってしまった友人の娘なので、もしかしたらと思いまして」

「乗っているのは妹たちだ。残念だったな」

「窓からもう一度拝見させていただいても?」

「病気の妹を見せ物にしろと? お断りする」


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