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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第二話 振るうなら
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乱闘騒ぎ


 クリンとセナは、王立図書館へ向かった。故郷の村役場にある小さな図書スペースとは違って、そこはまるで城のように大きかった。



「ここなら手がかりが見つかるかもしれないよ」

「だといいけどな」



 このずらりと並んだ本棚のどれかになら、探しものの手がかりが少しくらいはあるかもしれない。ワクワクする兄とは違って、しかしながら弟は乗り気ではないらしい。まあ最初(はな)から弟などアテにしていないので、クリンは放っておくことにした。


 当然じっと待っていられるはずもないセナは、早々にリタイアだ。どうせクリンは読書に没頭したらしばらくそこを動かない。宿もとってあるので、時間を気にすることなく観光ができるだろう。



「ちょっと散歩してきていいか?」

「ん。17時までには戻ってこいよ」

「あーい」



 図書館を出て、セナは街並みを歩き始める。しばらくの間、何かおもしろいことはないかと物色してみたが、大通りはすでに飽き、住宅街や工場地帯もさらっと流し見てしまった。

 初めての王都と言っても、所詮(しょせん)は同じ国内である。露店に並ぶ食材も特産品も、行き交う人々の服装ですら馴染みの深いものばかり。

 一言で言うなら退屈だ。


 そうして混雑した人の流れを上手に避けられるようになった頃、ふと小さな脇道のほうから怒声が聞こえたような気がして、セナはそちらに足を向けた。



「クソガキがっ! 人様の金に手ぇ出しやがって!」



 脇道からさらに薄暗い裏路地へ入ると、いかつい風貌の大男が、十にも満たないであろう小さな少年の腹を蹴り上げているところだった。

 大男の手には布地の財布が握られている。地面にうずくまる少年は見るからに貧相な格好をしていて、必死で謝罪を繰り返していた。おそらくスリを働いたところ失敗したのだろう。


 男はよほど気が立っているのか鼻息を荒くして、ひれ伏す少年の手の甲めがけてその足を踏み下ろした。同時に少年が小さく悲鳴をあげる。

 足を左右に押しつけながら罵声を繰り返す男の背中に、セナは歩み寄った。



「それくらいでやめておけよ」

「ああ?」



 楽しんでいたところに水を挿されて気を悪くしたらしい。振り向いた男はすでに臨戦態勢だった。



「関係ねーやつは引っ込んでろよ、クソガキ」

「おっさんこそ、ガキのしたことに大人気なく激昂してんじゃねーよ」

「……大人を舐めてると痛い目見るぞ」



 男は少年の手から足を離し、セナに向き直った。それ以上会話をする気はないらしい。セナはそれに応じるように、ポケットにつっこんでいた両手を外に出し、拳を握った。

 勝負は一瞬でついた。

 大男の大ぶりな拳は、船上で戦ったタコもどきのリヴァーレ族よりもはるかに遅く、威力がない。その一撃をあっさりとかわし、セナは男の腹に拳を入れた。



「ぐぁっ」



 情けない悲鳴を上げて男はよろめく。その背中がガラ空きだったので、オマケに回し蹴りをお見舞いしてやった。



「くそっ……」



 分が悪いと判断したのか、男はそのまま逃げ去って行く。

 つまんねえの、と吐き捨てながら男の姿が見えなくなるのを確認し、セナはいまだ地面にはいつくばる少年の前にしゃがみこんだ。少年は恐ろしいのか、ビクッと肩を震わせている。



「人のモノに手ぇ出しちゃいけないって、誰かに教わったことはなかったのか」

「……」



 助けておいてなんだが、そもそもの原因を作ったのはこの少年である。このまま無罪放免でも別に構いはしないが、喉元過ぎて熱さを忘れた頃に再犯されるのも気分が悪い。忠告くらいはさせてもらわなければ。


 しかしセナの問いかけに、少年はポロポロと涙を流して語った。彼には身よりがなく、日常的にスリを繰り返しながら小さな妹たちとスラム街で身を寄せ合っているらしい。



「……そうか」



 少年の身なりを見れば、その話は嘘ではないような気がする。それならばと、セナは隠していたものを少年の眼前につきつけた。

 それはあの大男が取り戻したはずの財布だった。拳を入れた時に、慰謝料がわりにもらっておいたものだ。


 少年は突然の恵みにパッと顔を輝かせた。だが、セナは財布を上へ上げて、受け取ろうとした少年の手をよけた。



「条件がある」

「?」

「この金で買うのは食べ物じゃない。中古でもいいから少しだけ綺麗な洋服を買って風呂に入れ。それから西の通りにあった職業斡旋所で仕事をもらうんだ。ちゃんと仕事をすれば金がもらえる。その金でメシを食うんだ。そして二度とスリなんてするな。約束できるか?」



 少年は戸惑いながらも、こくこくと頷く。じっとその目を見つめて、数秒。その場かぎりの約束のつもりかどうかはこの(わず)かな時間ではわからなかったが、セナはゆっくりと少年の手にお金を預けた。

 少年は今度こそ金を受け取ると、それを懐に隠して一目散に去っていった。


 クリンとセナの育った村に、孤児院やスラム街なんてものはない。だから、これが正しい行為だったかはわからない。

 少年は約束を守らず、今日食べられるだけのものを買って、明日にはまた路頭に迷い、スリを繰り返すかもしれない。


 けれど、それでも兄のクリンならばきっとこうしただろう。いや、兄は男の懐から財布をスるようなことなど間違ってもやらないが。ただ、あの少年に恵みを与えるならばきっとこうしたはずだ。ここに兄がいないから、仕方なく自分がやっただけである。

 セナは理詰めでめんどくさい兄を思い浮かべ、らしくないことをしてしまったことにちょっと気恥ずかしさを覚えた。







「見つけたぞ! クソガキ!」



 それからしばらく狭い路地を見物していたが、とくに楽しめそうなこともなさそうだったので図書館に戻ろうかと考えていた時だった。

 背後から数人の足音が聞こえて振り返ると、さきほど逃げ帰っていった大男が顔を真っ赤にして追いかけてきた。



「てめえ、俺の財布どこにやった!?」

「もうウマいもん買って食っちまったぜ。ごちそーさん」

「このやろう……!」



 憤慨した男の後ろには、仲間であろうガタイのいい男たちが四人。

 十五の子ども相手に大の大人が五人がかりで挑もうなどと、正気とは思えない。まあ、どれを見やっても異常なまでの好戦的な雰囲気だったので、本当に正常な市民ではないのかもしれないが。


 どのみち、やっと面白くなってきた。

 セナはニヤリと笑って、構えをとった。


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