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司馬光、祖先の書を読み解く

 司馬光、(あざな)は君実、宋国の翰林学士をかつては勤めていた。

 彼は宰相の王安石に対し、行き過ぎた改革を止めようとする立場の領袖となっていた。

 時の皇帝の信任は王安石の方が篤い。

 彼は既に皇帝によって朝廷から退けられ、旧都洛陽にて隠居生活を強いられている。

 されど彼は、王安石の新法に対する反対を止めようとはしなかった。


 司馬光は歴史書の編纂も、この時期同時に進めていた。

 「資治通鑑」という書名は、彼を遠ざけた皇帝から賜ったものである。

 この「資治通鑑」は、朝廷から遠ざけられたからこそ、洛陽で順調に編纂が進められていた。

 当時最高の史学者・劉恕や、唐代を担当する弟子の范祖禹らと共に編纂はまとめの段階に入っている。


 司馬光の祖先は司馬孚、西晋を立てた司馬一族で、三国時代に諸葛孔明との戦いで有名な司馬懿仲達の弟である。

 最近巷では「説三分」という、三国時代を舞台とした歴史物語の講談が流行り、三国志は頓に民にも近い物語となっていた。

 司馬光が読んでいるのは、そういう三国物語とは異なる、祖が纏めた家伝の資料である。

 司馬孚が纏めた資料は、「資治通鑑」の編纂にも役立つが、同時に王安石の新法への反論ともなり得る。


 司馬光は先祖・司馬孚もまた政治の為に当時の歴史を調べ、纏めていた事を知り感動していた。

 そして読み解くに連れ、王安石の為す事は結局は危険であると察知する。

 止めさせねばなるまい。

 司馬光の読んでいる八百年前の資料は、三国志の別な側面を映し出したものであった。


 これは司馬光の先祖・司馬孚から見た三国志の一面である。

 司馬孚が向き合った通貨を巡る戦いの記録である。

三国志の話を書いてみます。

史実ベース、タイムスリップとチートは無しで書きます。

史実だけに「そこはこういう解釈だ」とか「違う史料もある」と思う人もいるでしょうが、物語にする為に四捨五入しましたので、演義と同じく「そういう解釈での三国志」と思って読んでいただけたら有難いです。

あと、経済用語、これは三国志よりずっと後の定義のものが多いので、説明文ではインフレとか書きますが、登場人物には喋らせません。

それでも、経済とは経世済民から来た近世の言葉ですが、これ無しで語らせると難しかったので、これは当時の該当する言葉を置き換える形で使っています。

(全部当時の用語にするとタイプが進まない)

この辺ご容赦ください。


あと、しょっちゅう他の人物が目立ちますが、一応主人公は司馬孚です。

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