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第六話 懺悔 side秋


 手を伸ばしたが間に合わなかった。

 夏子の細い身体はそのまま階段下へ──


「夏子!」


 鈍い音を立てて落下した夏子を眼前に、直ぐ様階段を駆け下りる。周囲にいた生徒達の悲鳴に見舞われながら、夏子の上体を抱き起こした。


「夏子、しっかりしろ! しっかり……」


 気を失っている夏子の額から真っ赤な液体が伝った。それを血だと認識したと同時に、全身から汗が吹き出す。


 どうしよう。夏子が死んでしまう。

 どうすれば、どうすれば。


「だ、誰か。早く、夏子を」


 助けを求めるように周囲を見回すも、生徒達は野次馬のように此方を見ているだけ。パニック状態になった俺は何をどうしていいか分からず、夏子の身体を震えた手で抱き寄せる。


「お願いだ、夏子、死なないでくれ。お願いだから、死なないでくれ」


 喉と目頭を熱い感触が襲い、瞳から涙が伝っていく。


 ああ、神様。

 此れも俺に対する罰なんですか?

 罪なき夏子までこんな目に?


 お願いします。俺はどうなってもいいから、夏子だけは、夏子だけは──


「葉山! 萩!」


 突然頭上に降り注いだ聞き慣れた声。


 顔を上げるとそこには息を切らしながら階段を駆け下りる鹿野と能勢の姿が──


 鹿野は俺の腕の中で気絶している夏子を前に一瞬驚きはしたものの、直ぐに表情を取り戻した。


「能勢! お前は直ぐに先生を呼んできてくれ! 取り敢えずは救急車だ!」


「わ、分かった!」


 鹿野の言葉に能勢は逸速く職員室へと駆け出す。鹿野は、動揺し、息切れを起こす俺に目を向けると、俺の片側の肩を強く掴んだ。


「葉山。取り敢えずお前は落ち着け。萩の身体をそんなに揺らすな」


「で、でも、でも」


「葉山!」


 怒声にも近い声で俺の名を呼ぶ鹿野。俺の前に普段のお調子者の鹿野は何処にもいなかった。鹿野は真剣な目で俺を見据え、肩を掴む力を強める。


「萩は大丈夫だ。大丈夫だから、信じろ」


 力強い鹿野の言葉に、目線を落とし、夏子を見つめる。瞳から溢れ落ちる涙が、夏子の雪のように白い頬を濡らしていく。



 神様、どうかお願いします。

 夏子だけは、夏子だけは──








 夏子は近くの総合病院に直ぐに救急車で搬送された。一命は取り止めたらしいが、医師に大切な話があると言われ、夏子の両親は夏子が眠る病室から一旦去っていった。


 病室に残された俺は、ベッドで小さな寝息を立てて眠っている夏子の手を握り締める。


「……ごめんな。夏子、ごめんな」


 打ち所が悪かったのだろうか、夏子の身体の至る所に大きな痣が出来ている。白い肌をしているせいで、それがより一層酷く目立っていた。


 ……俺がいなければ。

 俺がいなければ、夏子はこんな目に合わなかった。


 どんなに謝っても許されることではない。


 誰よりも努力家で、笑顔が可愛くて、俺なんかの側にいてくれた夏子。

 俺は夏子の隣にいる人間として相応しくない。夏子の近くにいては……いや、最早──


「夏子……」


 夏子の黒い髪を優しく撫でた後、ゆっくりと立ち上がり顔を近付ける。左右に分けられた前髪から露になった彼女の額に唇を落とし、そっと頬に触れた。


「ごめんな。俺、消えるよ」


 惜しむように夏子から手を離し、床に置いていた鞄を手に持つ。そのまま病室の扉から外に出て、夏子がいる病室を後にした。振り返ることなく──



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