表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/8

第四話 真実 side秋


 遊園地から一人で帰宅。

 帰りのバスの中、窓に寄り掛かりながら頭の中に過るのは、夏子のことばかりだった。


 夏子は泣きそうな顔をしていた。

 胸が酷く締め付けられた。

 今すぐにでも抱き締めてやりたかった。

 でもそれは出来なかった。いや、その資格が俺には無かった。


「……っ」


 熱くなる目頭。込み上げる感情を抑え込むように、血が滲むほど下唇を噛み締める。


『──次は終点、○○駅。お忘れ物に御注意下さい』


 車内から聞こえたアナウンスにハッとして顔を上げる。鞄の中を覗き込んで、()()があることを確認。電子カード片手にバスの出口へと向かった。


「ありがとうございました」


 運転手に頭を下げ、バスから降りる。


 家に帰る前に()()()()に寄らなければ。大事な物が入った鞄を片手に担ぎ直し、顔を上げた──その刹那だった。


「っ!」


 目の前に立ち塞がった長身の茶髪の人間──今、誰よりも会いたくない男が其処にいた。

 思わず後退りしようとした俺の腕を、奴は強い力で掴む。指に嵌められたアクセサリーが皮膚に食い込んで、痛い。


「よぉ、秋。元気か?」


「小田……」


 その男──小田はピアスの付けられた舌を覗かせながら、俺の頭に勢い良く手を置く。


「お前のこと、探してたんだぜ。約束忘れてないだろうな?」


「……っ」


 瞳孔の開いた目で此方を見下ろす小田。その恐ろしい視線に身体を震わせながら、鞄の中を弄る。取り出したのは茶封筒──汗滲む手でそれを取った瞬間、小田に取り上げられた。


「おー。どれどれ?」


 小田は舌舐めずりをしながら、茶封筒の中身を取り出す。封筒から顔を出したのは数枚の一万円札。小田は鼻を擦り付けるようにその匂いを嗅ぐと、大きく口角を上げた。


「あー。これで何とか事足りるわ。馬鹿にならないんだよな、薬代」


 満足そうに笑う小田の顔を、目線を持ち上げて睨む。怒りを静めようと拳を握り締め、無言でその場を後にしようとした。


「おおっと。そんな急ぐなよ」


 小田は再び俺の腕を掴み、無理矢理人通りの少ない道へと引きずり込む。手を剥がそうとするも、俺より体格の良い小田の力は俺の其れを遥かに上回った。


「っ!」


 肩を殴られ、壁に押し当てられた刹那、顔の横に手を突かれる。耳元に響いた大きな音に身体を震わせると、小田はふと鼻息を漏らした。


「なぁ秋。()()抱いてやろうか?」


 顎を持ち上げられ、顔を近付けられる。同時に思い出すあの日の過ち──気付けば俺は小田の頬を殴っていた。


「……っ……はぁ……」


 赤く腫れていく頬を掌で覆う小田を睨み付ける。小田を殴った手は微かに震えていた。


「……金なら振り込んでやる。金輪際俺に近付くな」


 恐怖心を抑えるように態と声に凄みを利かせ、無表情で立ち尽くす小田の前を去る。あいつとはもう絶対に会わない。俺の今後の為にも──


「萩夏子」


 後ろから聞こえた声、そして言葉。


 心臓が大きく飛び跳ねたのが自分でも分かった。


 渇いた喉に唾を流し込み、目を見開きながらゆっくりと振り返る。そこには不敵な笑みを口元に携える小田の姿があった。


「可愛いよなぁ、あの子。俺は()()()()()()女もイケるからさ。ヤるとしたらあれくらい、可愛い女がいいよなぁ」


 俺の反応を見て楽しむように、小田はニヤニヤと笑う。腹の底から込み上げてくる怒り、全身の血液が沸騰するような感覚、拳を作る親指の爪が、皮膚を突き破りそうな程にめり込んでいく。


「……夏子に手を出したら殺すぞ」


「おー。こっわー」


 言葉とは裏腹に楽しそうに笑う小田を睨み付け、小田の存在を視界から消す為にその場を駆け足で去った。


 駅前を走り、向かうは休日も営業しているあの場所。今日で期限が切れてしまうから、急がなければ。


 バス停留所の前を走り、コンビニの脇道に逸れ、ビルの隙間を潜り抜けていく。早歩きで道を進むこと数分、やっと目的地の前に辿り着いた。


 ──俺の目の前にある建物、それは薬局。


 先日病院に行って貰った処方箋を鞄の中から取り出した。期限が四日以内だから今日までに貰わなくちゃいけない。


 俺が貰う薬──それは抗HIV薬。


 俺は、夏子に出会う前から自分がゲイであることを自覚していた。女という性を持つ人間を性的対象には見られない。でも同性を好きになることは、世間一般から見たら普通じゃない、少なからずそう思う人間はいる。


 俺は普通に見られたいが故に、夏子を彼女にした。夏子を愛そうとした。でも、一線を越えることは出来なかった。


 そして俺は夏子を裏切った。

 性欲に溺れ、過ちを犯した。


 ──そう、俺が罹ったのは不治の病。

 女を性的に愛せないが故に男に抱かれ、俺の身体はHIVに感染した。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ