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第三話 最後 side夏子


 今日は日曜日。初デートの場所だった遊園地で、秋と最後になるかもしれないデートをする、大切な日。


 ……でも、まさか。

 こんな日に風邪を引いちゃうなんて。


 朝起きたら何となく調子が悪くて、熱を測ったら三十八度越え。今も頭がふらつき、身体が熱い。容赦なく照らしつける太陽の光に溶けてしまいそうだ。


「……夏子?」


 ふと、顔を覗き込む秋の視線に気付き、意識が引き戻される。秋は私の手を握り締めながら、怪訝な表情を浮かべていた。


「もしかして、具合悪い?」


 図星を指され、飛び跳ねる心臓。


 だめ。正直に言ったら今日のデートが中止になっちゃう。最後なのに、絶対にそれは駄目。


 逸る鼓動を抑えるように首を大きく横に振った後、精一杯の笑顔で秋に笑い掛けた。


「大丈夫だよ! 今日は楽しもうね!」






 それから。体調が悪いのを何とか一日やり過ごした。メリーゴーランドは恥ずかしいからって断られたけど、お化け屋敷、ゴーカート、ジェットコースター……色々なアトラクションを楽しんだ。


 秋は最初は無表情でいたけど、楽しんできてくれたのか、笑顔を浮かべる回数も多くなって。私は嬉しかった。秋が楽しそうにしてくれていることが。そしてちょっと期待した。もしかしたら、別れることも考え直してくれるんじゃないかって──






 日も落ちて、空が紅く染まり始めた頃。

 遊園地にいた人々も、目に見えて少なくなっていった。


 秋は減っていくお客さんを無言で眺め、出口であるゲートへと視線を移す。タイムリミットが迫る危機を覚えた私は、秋の手を強く握り締め、後方にあったアトラクションを指差した。


「最後、あれ乗らない?」


 私が指差した先──それは観覧車。初デートの時も、最後に秋と一緒に乗ったアトラクション。


 秋は暫く黙り込んだまま観覧車を見つめると、小さく息を吐いて「分かった」の一言だけを返した。






 ガタン──ゴトン──


 観覧車に僅かに身体を揺らされながら、私と秋は向かい合った状態で座る。会話も何も無いまま、ただ悪戯に時は流れ、気が付けば頂上に迫る高さまで来ていた。


 然り気無く前に視線を向けるも、秋は頬杖を付いて外の風景を眺めている。此方のことを見向きすらしない。


 このまま、何も出来ないまま、終わってしまうんだろうか。


 膝の上に置いていた拳を小さく握り締めたその時、秋が此方に目線だけを向け、口を開いた。


「今日、楽しかったよ」


「えっ」


「夏子と初めてデートした時のこと、思い出した。あの時の夏子はさ、はしゃぎ過ぎて転けたり、ソフトクリーム地面にぶちまけたり、お化け屋敷で泣きながら発狂したり、見てて退屈しなかった。楽しかった。この子が彼女で良かったって、心から思った」


「……秋」


 どこか懐かしそうに告げる秋に、心の奥がぎゅっと締め付けられるような感覚に襲われる。無意識に秋へと手を伸ばそうとした刹那、再び秋が言葉を紡ぎ出した。


「俺、夏子のこと好きだよ」


「えっ」


「中学の頃からこの気持ちはずっと変わらない。でも、多分この好きは……夏子が思う好きじゃない。夏子と同じ好きじゃない」


 視線を足元に落とし、秋は消え入りそうな声で答える。私は何も言い返すことが出来ず、熱くなる目頭に唇を噛み締めた。


「……ごめん。本当にごめん。ちゃんと言わなかった俺が悪かった。別れたい理由はこの間言った通りだよ」


 秋の震えた声が、空気を伝って耳へ流れる。

 秋の身体が、腕が、手が、指が、震えている。

 

 これ以上、私には聞くことは出来ない。

 秋を責めることは出来ない。

 秋を傷付けたくない。

 大好きな秋の足枷にはなりたくない。  


「……分かった。話してくれてありがとう」


 瞳から涙が落ちそうになるのを必死に堪えながら、震える唇の口角を無理矢理上げる。秋は目線を持ち上げて「ごめん」の一言だけを再び返した。


 話をしている間に観覧車はいつの間にか乗り口まで下っていた。係員が扉を開け、降りるように促す。


「秋。先に降りて。私はもう一周だけ乗っていく」


「……分かった」


 僅かに間を空けて秋は頷くと、そのまま観覧車を降りた。


 係員は僅かに目を見開いて私と秋に交互に目を向け、気まずそうに観覧車の扉を閉める。バタン──扉が閉まると同時に、自分の中で何かが終わったような気がした。


 振り返らずに遊園地の出口へと向かっていく秋の後ろ姿を、窓に手を添えて見つめる。


「──っ」


 視界が霞んでいき、身体が火照ったように熱くなる。ふらつく上体を横になるように椅子に寝かせ、口から熱い吐息を何度も吐き出す。


「秋……」


 鼻を(すす)る音と共に、瞳から目尻を伝って流れる大粒の涙──


 少し、疲れてしまった。

 ちょっとだけ、ちょっとだけ休もう。


 重くなる身体、そして遠くなっていく意識に身を任せるように、そのまま夢の世界へと誘われていった。




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